教皇がフランスを訪問 欧州統合の父・シューマンの夢を支えて

ローマ教皇レオ14世は9月25日から28日にかけてフランスを訪問した。パリに到着した教皇は、マクロン大統領の出迎えを受け、エリゼ宮殿(大統領官邸)で政府関係者、同国付き外交団や市民社会の代表者を前に、最初のスピーチを行った。
この中で教皇は、16世紀のフランスが、ギリシャやローマの古典文明とキリスト教の融合から「ヒューマニズム」(人間主義)へと移行していった経緯に言及しながら、その思想伝統がイタリアのルネサンスからの強い影響を受け、芸術・文化・思想などの分野においてフランスのルネサンスを覚醒させ、17世紀のルイ13世や同14世の王朝時代には、建築、芸術、文化が、その絶頂に達したと振り返った。さらに、17、18世紀には哲学者のデカルト、啓蒙思想家のヴォルテールやルソーなどを輩出し、後にフランス革命(1789年)の理念となる、自由・平等・友愛の精神に向かう道を拓(ひら)いたと述べた。こうした諸文明、諸文化との対話を通して形成されていったフランスは、「人格の本性に基づく人権、特に、信教の自由の促進に関して、世界においても重要な責任を果たしてきた」とし、「パリにおいて世界人権宣言(1948年)が採択されたのは、偶然ではなかった」と、教皇は指摘する。その上で、欧州の古典文明、キリスト教、合理主義、啓蒙思想などによって形成されたフランス社会にあって、「本当に自由な社会は、人々を一つの考え方に統一するのではなく、それぞれの価値観や良心の多様性を擁護して独裁への傾向を予防し、社会の絆を豊かにする倫理的対話を促進する社会である」と述べた。
合理主義から派生した市民社会の原則である「laïcité(ライシテ=政教分離の原則)」に関しても、「権威ある市民社会の原則は、公共の場や教育から宗教を排除するのではなく、国家と宗教機関が対話を維持できるよう保障し、共通善の奉仕に向けて協調することにより、社会が生命力を保持できるようにしていくこと」だと定義した。国家と宗教が、各々の分野を逸脱しないように注意しながらも、国民の福祉のために協力していかなければならないというのが、教皇の説く政教分離の原則だ。フランス革命の理念であった、「自由が、共通善へ向けた常なる配慮の内に成長するように。友愛が、(フランス国民だけでなく)全人類を抱擁するように。平等が、正義と愛徳の基盤の上に構築され、人々の間における相違をなくすのではなく、社会全体の利益のために、調和の内に共栄を可能としていくように」とも呼びかけた。
フランスは欧州連合(EU)加盟諸国で唯一の核兵器保有国だ。しかし、トランプ政権による北大西洋条約機構(NATO)への派遣兵力の削減発言、ロシアによる核兵器をちらつかせた恐喝などもあり、フランス政府は「核の傘」をEU加盟の他国にも提供する意向を表明している。だが、そうした軍事政策を打ち出すフランスでのスピーチでも、教皇レオ14世は「聖ヨハネ23世が訴えたように、軍拡競争を終わらせ、核兵器を廃絶し、相互管理のもとで軍縮を進める必要がある」と明示。「核兵器が安全を保障するという誤った考え方が広まり、新たな軍拡競争を招いている」ことを憂慮する一方、「平和とは力の均衡ではなく、対話と正義によって日々築かれるもの」とし、「フランスはとりわけヨーロッパにおいて、平和と多国間主義のためのたゆまぬ推進者であり続けるべき」と述べた。
エリゼ宮殿でのマクロン大統領との会見、政府、外交団、市民社会代表者たちへのスピーチを終えた教皇は25日午後、市内のユネスコ(国連教育科学文化機関)を訪問し、講演した。「バチカンがユネスコのオブザーバーになってから、来年で75周年を迎える」と紹介した教皇は、その理由を「(人類の)未来が、最初に、そして、優先的に、神の似姿として創造された、全ての男女が持つ内在的で蹂躙(じゅうりん)できない尊厳の尊重と促進に依存するからだ」と説明した。さらに、「人間であることの意味」に言及。この「問い」は「あらゆる文化が挑戦を受け、あらゆる形での知識、芸術や宗教の核心に迫るものになっている」と位置付けた。
そして、教皇は、「われわれは裸で生まれ、(あらゆる)助けを必要とする(存在である)」とし、人間が、この事実を忘れると、「人間性が裏切られ、放り出され、搾取されたり、騙(だま)されたりする」と警告した。「貧しく、何も持たないで生まれる」という事実が、人間に共通する真理であり、身体的にも精神的にも「世話(ケア)と責任が必要」であり、「搾取すべきではない」存在であることを示しているという。計り知れない可能性を有しながらも、多くの形での悪と不正義によって、その可能性を低減してしまう人間の前で、教育・科学・文化の分野で貢献する人たちは、「一人ひとりの人間を世話することで、われわれの有する自由の美しさが光り輝く道を開拓していく」必要性があるが、「その美しさの名前は正義だ」と教皇は示す。さらに、「自由が美しいのは、善と真理に向けて投影される時であり、横暴、暴力、権力の渇望に陥ると醜くなる」と警告し、人間の活動の中で「最も恐ろしい」のは「戦争」であるとの認識を強調した上で「科学そのものが、破壊と殺人という、非人間的な意思の道具となる」と警鐘を鳴らした。
「人類は、科学的進歩が叡智(えいち)から切り離されると破壊の兵器となり、文化がイデオロギーに服従させられると虚偽とプロパガンダを生み、教育が真理を放棄すると良心を操作する道具となることに気付いた」という。また、現代の科学と教育界に対する挑戦として、「広大な領域にわたる技術(進歩)」を挙げる教皇は、その技術進歩がもたらす「パラドックス」(逆説)についても言及。「インテリジェンス」(知性)がコンピューター・システムの特徴と言われるが、人間は、蹂躙できない人間の尊厳を認知することさえ困難で、人間生命を能率という範疇(はんちゅう)だけで判断して、生産できなくなった人間を拒否し、投げ捨てている。さらに、世界には情報があふれる一方、そこには叡智が伴わず、虚偽、あるいは、無意味なニュースが無数に流れている。こうした問題をさらに「人工知能(AI)が増幅させる」と教皇は警告する。「人間は、意味なくして生きることはできず、意味は、心の酸素だ」と主張し、「真理のない言語は、暴力の論理、強権者の作為的な意思に服従してしまう」と注意を促す。
教育と科学の最終的目的は、地球と、その内に住む人間を耕すことであるとも表現する教皇は、「皆と、共通の本性を有する人類のために、地球は一つしかないことを思い起こそう」と呼びかけ、子ども、貧しき人々、ハンディを負っている人々、難民や移民、生産的ではないとして排除されている人々の、尊厳を擁護する「人間環境論」を説いた。最後に、「ユネスコの究極的な存在理由は、平和維持にある」と指摘し、「聖座(バチカン)は、ユネスコに、さらなる信頼を寄せていく」と約束した。そのために、「われわれの生命の起源、最終目的について問い、必要でかけがえのない役割を果たし、世界の諸宗教と協力していく」と明示した。
教皇のフランス訪問最終日となった28日、同国北東部のメス市を訪れ、『欧州のルーツを求めて 平和と一致のために』と題する、国内の諸宗教者との集いに出席し、スピーチした。
西ドイツの初代連邦首相であるコンラート・アデナウアー、イタリアの元首相・アルチーデ・デ・ガスペリらと共に、「欧州統合の父」と称されるフランスの元首相・ロベール・シューマンが長年にわたって生活し、埋葬されているのがメス市だ。この3人の政治家は、敬虔(けいけん)なキリスト教徒でもあり、キリスト教に基づく一致の思想から欧州統合に対するインスピレーションを受けたと言われている。ルクセンブルクで生まれ、ドイツで育ち、フランスがドイツに占領されてからフランス政界に入り、首相、外相を歴任したシューマンは1950年、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の基盤となり、後のEUへの道を開く「シューマン宣言」を発表した。
メス市の「シューマン・センター」で開かれた諸宗教者との集いでのスピーチに立った教皇は「シューマン宣言」に言及。「キリスト教が人種、皮膚の色、階級、職業の区別なく、同じ神の子であり、同じキリストによって救われたがゆえに、本性において全ての国民は平等であると説く」と別の機会に記した、シューマンの確信についての注意を促した。欧州大陸にキリスト教を広めた聖ベネディクトに言及する教皇は、「キリスト教なしに欧州について話すことはできない」と指摘し、ガスペリの主張した「欧州に共通の遺産」としての、「福音の説く友愛、古代から受け継がれてきた法の尊重、何世紀にもわたって洗練されてきた愛の美しさ、一千年間の体験によって研ぎ澄まされてきた真理と正義の実現へ向けた努力を称賛する、(欧州で)分かち合われた道徳的側面」についての引用も忘れなかった。欧州大陸における市民社会(政教分離)の原則は、「非宗教」ではなく、「市民社会の全構成機関の協力と、各国家と欧州政府による教会の独立性と組織化、表現、礼拝の自由の促進」を意味する。そのためには、市民社会を根底から支える「侵害することのできない普遍的価値である人権、自由、民主主義、平等と法治」が必要とされるのだ。
シューマンの抱いたキリスト教的確信に沿って、現代の欧州社会に目を移す教皇は、欧州大陸では「前例のない諸民族・諸文化間の出会いが起きている」と強調。移民や難民の受け入れと同化を促すと同時に、シューマンの生きた時代に存在していた「各国を隔てる壁を迅速に打ち壊すことの必要性」を訴えた。「(欧州大陸における)異なる諸国家の出現が、シューマンに国際法と国家間の約束を遵守することの重要性を教えた」のだった。しかしながら、シューマンが現代の欧州と世界に向けて発した、最も重要な教えは、「平和に対する深い願望であった」と、教皇は指摘する。
欧州大陸に戦争が再来してきた現在、「組織され、活力あるヨーロッパは、平和的関係の維持に不可欠な文明への貢献をなしうる」(「シューマン宣言」)からだ。この視点から、米国のNATOからの部分的撤退、サイバー攻撃や偽情報の拡散、エネルギー供給を利用した圧力など、軍事・非軍事の手段を組み合わせる「ハイブリッド戦争」がロシアによって仕掛けられることに対抗し、防衛力の強化を図るEUに対し、「欧州は国際法の尊重を基盤としなければならず、その国際法は、国内法と違って、一国の力によって強制されるのではなく、普遍的に認められている『pacta sunt servanda』(ラテン語で『合意は守られなければならない』『条約は遵守されなければならない』の意)というシューマンの示した原則に従うべき」と教皇は示す。
「国際法と多国間主義は、諸国間における関係についての平等を強調しており、あらゆる紛争の根源である、支配への欲望に対する最も効果的な解毒剤である」と説く教皇は、再軍備ではなく、拘束力のある国際法と多国間主義による平和の構築を欧州に呼びかける。これに対し、フランス国内の諸宗教者は、「メス宣言」を採択、公表して応えた。同宣言は、アッシジでの「諸宗教者による世界平和祈願日」から40年が過ぎた現在、世界では国際法、特に、人道法を脅威に陥れるさまざまな戦争・紛争が、不平等を増加させ、特に、環境の調和を乱し、技術革新が社会の普遍的で基本的な価値観や生活形態を変質させていると分析。混迷を極める国際情勢の中、フランスの諸宗教者は、「われわれは共に人類のために奉仕していく」と誓うとともに、「諸宗教が、世界、特に、欧州における平和構築のために、特別なる責任を背負っている」と主張。また、「平和の追求、非暴力、他者に対するケアの在り方は各々の宗教で異なるが、われわれの宗教の内に深く刻まれている」と強調した。さらに、「あらゆる形での差別、全てのヘイトスピーチを弾劾する」と訴えるとともに、「人類を抑圧的で腐敗した権力から擁護する旗手でありたい」と宣言する。
(宮平宏・バチカン支局長)





