教皇のカトリック教会施政方針に大きな影響を与えた“解放の神学者”が逝去(海外通信・バチカン支局)
グティエレス神父の主張する解放の神学は、マルクス主義や階級闘争のイデオロギー、暴力革命といった罠(わな)に陥らず、東西冷戦の終焉(しゅうえん)と共産主義の崩壊した世界を生き延びた。2013年、「世界の果てから来た」と言われたアルゼンチン人のローマ教皇フランシスコが就任してから、解放の神学の根幹であった「貧者の選択」が再び注目され、全カトリック教会の施政方針となっていった。
ブエノスアイレス大司教のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(現教皇の俗称)は、教皇に選ばれた時、友人のブラジル人枢機卿から「貧者のことを忘れるな」と諭され、「清貧の聖者」と呼ばれたアッシジの聖フランシスコを法名として名乗ることを決意した。以来、カトリック教会内部で、「貧者の選択」がマルクス主義や階級闘争といったイデオロギーではなく、「神の王国では、末席に座っていた者が、筆頭席に座るようになる」という福音(聖書)の教えとして説かれるようになった。
グティエレス神父は2013年9月11日、教皇フランシスコ選出の半年後、バチカン内にある教皇居所「聖マルタの家」の礼拝堂で、報道関係者の注目を浴びることなく、教皇と静かに2人でミサを挙げた。弾圧とはいかないまでも、バチカンからさまざまな圧力、不理解、制約を受けてきた「解放の神学の祖師」の主張が、公式に「聖書の教え」として認められた瞬間だった。
現教皇は今でも、世界経済の歪(ひず)みが生み出す不正義、環境破壊や戦争の犠牲者である、貧者、難民、人身取引の被害者、社会の底辺で喘(あえ)ぐ人々への優先的な連帯を説いて止(や)まない。
世界教会協議会(WCC)のジェリー・ピレー総幹事は、「彼の生涯と貢献が、謙虚さと奉仕の精神のみならず、神の貧者への優先的な配慮と、組織的な悪と抑圧から貧者を解放する必要性について、われわれの理解を促進してくださったことに対し、神に感謝する」と述べ、彼の死を悼んだ。南アフリカの人種隔離政策(アパルトヘイト)と闘ってきた、キリスト教指導者からの惜別の言葉だった。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)