「ウクライナ最高会議がモスクワ総主教区系正教会の存続を禁止」など海外の宗教ニュース(海外通信・バチカン支局)

ウクライナ最高会議がモスクワ総主教区系正教会の存続を禁止

ウクライナ最高会議(議会、一院制)は8月20日、「諸宗教組織の活動における憲法制度の擁護」と題する法案を、賛成265、反対29で可決し、国内で「モスクワ総主教区系のウクライナ正教会」を含む、「あらゆるロシア系の宗教組織の存続」を禁止した。

プーチン政権は、ロシアの帝政時代や旧ソ連のように、世界の一大強国としてロシアを復興するという説話を信じ、ロシア正教会を中心とする「(同性愛に代表される、欧米の退廃した価値観に抗する)ロシアの伝統的価値観」の擁護を主張してウクライナ侵攻を正当化している。新法案は、宗教的な視点からプーチン政権の主張を支持する宗教団体の存続を国内で禁止するもので、以下への抵触が対象となる。

  • ウクライナ国外の国家の法律に沿って創設あるいは登録された宗教法人(第2条1項)
  • ウクライナに対する武力攻撃の実行、または実行の可能性を認知され、ウクライナ領土の一部(4州)を占領している国(ロシア)に本部を置く
  • 直接・間接的にウクライナに対する武力攻撃を支援する(同2項)

さらに、モスクワ総主教区系ウクライナ正教会を、「侵略国家のイデオロギーの延長線上にあり、ロシアと“ロシア世界”の名の下に継続されている、戦争犯罪と人類に対する犯罪の加担者」と定義している。

「良心の自由と諸宗教法人」(第3条3項)については、「キリスト教諸教会や諸宗教法人の政治からの分離」を規定し、存続を禁じられた宗教法人の不動産や財産は、礼拝の場を除き、政府によって押収されると定められた。

新法案は、大統領の署名を得て、官報掲載の30日後から効力を発揮すると定められている。モスクワ総主教区系ウクライナ正教会に関する措置は、掲載から9カ月後とも規定されている。ウクライナのドニエプル川で988年に同じキリスト教の洗礼(“ルスの洗礼”)を受け、起源を共有してきた正教会が、法律によってウクライナ正教会とロシア正教会に分断されることになった。

だが、米国の宗教国際通信社「レリジョン・ニュース・サービス」は8月21日、報道の中で、可決された新法案が米国によるウクライナへの軍事支援を再検討させ、困難に陥れる可能性があるとの論評記事を掲載した。米国の共和党には、ウクライナを民主国家として認知することや、軍事支援に関して反対、消極的な声が多い。また、キリスト教右派の共和党員の中には、ロシア正教会やプーチン政権の主張する「伝統的価値観」を共有、擁護する勢力が存在し、彼らがウクライナへの軍事支援に反対しているからだ。11月の米国大統領選挙で共和党(トランプ大統領)の勝利が実現すれば、その動きに拍車が掛かる可能性もある。

世界教会協議会(WCC)のジェリー・ピレー総幹事は24日、声明文を公表した。この中で、「ウクライナ政府は、特に、ロシアの違法な侵略の前で、領土の保全と国民を擁護する主権と責任を有している」と強調。WCCは、「ロシアがウクライナに仕掛けた戦争を一貫して糾弾してきた」と伝えながらも、「ウクライナ議会が可決した新法案が、正当化され得ない一教団全体に対する集団処罰や、宗教と信仰の自由の侵害となる可能性について、強い危機感を持つ」と明かした。さらに、ウクライナ政府に対して、「信教、信仰の自由といった基本的人権の侵害や、国家の緊急事態における社会結束を危機に陥れるような問題に関しては、注意深く対処してほしい」と促した。

WCCは2022年、ドイツのカールスルーエで開催された「第11回世界大会」で、プーチン政権のウクライナ侵攻を支持するキリル総主教が主導するロシア正教会の追放を迫られたが、最終的に、「ロシア正教会との対話路線を継続していく」と決断した。

ローマ教皇フランシスコは25日、バチカン広場で行われる日曜日恒例の正午の祈りの席上、「ウクライナで採択された新法案が、祈る者の自由を侵害するのではないかと恐れる」と発言した。「祈ることは、悪を犯すことではない」との確信を表明し、「誰かが、自国民に対して悪を犯すなら、その悪に対する罪に問われる。だが、祈ったからといって、悪に問われることはない。祈る者には、自身の教会だと見なす教会で祈らせてあげることだ」と呼びかけた。そして、「直接、間接的に、どんなキリスト教会も廃止されることがないように」「教会に(法で)触れてはいけない!」と戒めた。

過去、ウクライナ政府から「バチカンの平和外交はロシア寄り」と批判されてきたが、今回の教皇のアピールで、ウクライナとバチカンの関係が再び硬直化することも考えられる。

これに先立ち、ロシア正教会のキリル総主教は24日、教皇を含むキリスト教諸教会の指導者、国連事務総長、国連人権高等弁務官事務所、欧州安全保障協力機構事務総長らに親書を送った。この中で、「新法案は、ウクライナの憲法規定、国際合意、人権、人権に関する主要諸機関が公表してきた基本原則に、明らかに矛盾する」と非難した。

国連のフォルカー・トゥルク人権高等弁務官は2023年、ウクライナ議会での同法案の審議当時、新法案の「基本的人権の尊重に関する憂慮」を表明していた。

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