「開祖さま入寂会」で庭野会長が法話 日本人としての精神性を大切に(動画あり)

式典に先立ち、庭野開祖の「お舎利」が奉安される一乗宝塔で「開扉の儀」が行われた

1999(平成11)年10月4日に92歳で入寂(にゅうじゃく)した、立正佼成会の庭野日敬開祖に報恩感謝の誠を捧げる「開祖さま入寂会」が10月4日、大聖堂(東京・杉並区)と全国各教会で挙行された。大聖堂には会員約500人が参集し、式典の模様はオンラインでも配信された(会員限定)。

当日の様子(クリックして動画再生)

大聖堂での式典に先立ち、庭野開祖の「お舎利」が奉安される一乗宝塔で、庭野日鑛会長の手による「開扉(かいひ)の儀」が行われた。庭野会長、庭野光祥次代会長、國富敬二理事長が献花し、庭野会長があいさつを述べた。この中で、庭野開祖の入寂から24年が過ぎたことに触れ、「精霊や魂というものは、亡くなると無限に千変万化していくといいますから、われわれもこの世にいながら千変万化するように修行をさせて頂きたい」と語った。

式典冒頭、「開祖さまとの対話」の時間が設けられ、サヌカイトの涼やかな音色とともに、庭野開祖の読経や法話の肉声が会場に響いた。次いで読経供養が行われ、導師をつとめた光祥次代会長により、庭野会長の「報恩讃歎(さんだん)文」が奏上された。

光祥次代会長により、庭野会長の「報恩讃歎文」が奏上された

この後、『開祖さまを偲んで』と題し、元教団理事の小林康哲さん(78)が体験を発表した。小林さんは、38歳で諏訪教会長を拝命した際、庭野開祖から「余計な心配はいらないよ」と笑顔で声をかけられ、「1日24時間、信者さんの救われに精進しよう」と迷いなく決定できた当時を回想した。

また、人さまの幸せを願い、布教に邁進(まいしん)するサンガ(教えの仲間)と触れ合う中で、「三宝帰依(さんぼうきえ)に徹する在家菩薩」としての生き方を学んだ体験を披歴。教団理事を退任後、サンガの姿に倣って、法華経の精神を基に社会へ貢献するため、傾聴ボランティアの活動を続けていると話し、常に相手を敬い、話に耳を傾けた庭野開祖を手本に「傾聴は敬聴なり」を理念として今後も取り組んでいくことを誓った。

庭野会長は法話の中で、日常で使う言葉を深く学び、日本人としての精神性を身につけていく大切さを説いた

法話に立った庭野会長は、庭野開祖が少年時代に何を学び、心を育んでいったのかという点に注目し、戦前の教科書である『小学国語読本』を引用しながら、庭野開祖や先達が受けた教育の内容に言及。この中では、日常で使う言葉によって、私たちは物事を考えたり学んだりし、日本人になっていくことが強調されていたと説示した。また、現代においても、日頃からきれいな日本語を使っているかを省みながら、「自分の生まれた国の言葉、日本語、国語というものをしっかり学ぶ」姿勢が重要だと指摘した。

さらに、柔軟で慈悲に満ちた庭野開祖だが、厳しい環境で心を鍛えた偉人の逸話などから学び、日本人としての精神性を身につけていたのではないかと推察。「より深く、開祖さまの精神を私たちのものにして、これからの精進につなげてまいりたい」と結んだ。

式典に参加した諏訪教会支部長(73)は、「コロナ禍や病気の影響で、しばらく本部参拝ができませんでした。入寂会に参加できたことで、多くの人に支えられて生かされている自分なのだと改めて気づき、感謝が深まりました。開祖さまから頂いた『まず人さま』の教えを大切に、これからも命ある限り、菩薩行をさせて頂きます」と話した。