砂漠に立つ“生命の木”――教皇のバーレーン訪問(海外通信・バチカン支局)

諸宗教対話による世界平和の構築に向けた貢献を求める、ローマ教皇フランシスコの巡行が続けられている。教皇は11月3日、「対話のためのバーレーン・フォーラム――東洋と西洋の人類共存のために」に参加するため、バーレーン中部のアワリを訪れ、ハマド・ビン・イーサ・アール・ハリーファ国王の歓迎を受けた。

空港での観兵式では、同国の伝統衣装を身にまとった子供たちが両指導者の足元にバラの花びらを散らして先導。その後、教皇はサヒール宮殿に移動してハリーファ国王を表敬訪問し、個別会談に臨んだ。バチカン国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿、バチカン外務局長(外相)のポール・リチャード・ギャラガー大司教が同席した。

両指導者は個別会談を終了後、宮殿内の中庭へと足を運び、待ち受けていた政府、市民社会の代表者、同国付け外交団に向けてスピーチした。ハリーファ国王に次いで登壇した教皇は、バーレーンのシンボルとなっている、砂漠の真っただ中に立つ“生命の木”と呼ばれるアカシアの巨木に言及。この「生命の木」を比喩的に使い、「人類共存の荒涼とした砂漠に友愛の水を与える」ことの重要性を伝え、「諸文明、諸宗教、諸文化間での出会いの可能性(という生命の水)を蒸発させないように。人間性という根を枯渇させることを許さないように」と呼びかけた。それは、「世界の広い地域で、無関心、相互の猜疑心(さいぎしん)、克服を希望された敵対と対立、皆の安全保障を脅かすポピュリズム(大衆扇動主義)、過激主義、帝国主義が拡大し、憂慮の種が増加している」との思いから発せられた。

さらに、教皇は、こうした世界状況にもかかわらず、「この数年間、イスラーム指導者たちとの友愛が緊密化していく過程の中で、この数日間の歩み(「対話のためのバーレーン・フォーラム」)が貴重なものとなっている」と称賛。イスラーム指導者たちとの対話が、「天(神)のまなざしのもとで、地球上の平和を促進していく友愛の道程となっている」と述べた。

また、同国が、「信教の自由の尊重や寛容に関するさまざまな国際会議を企画、支援している」ことに触れ、「信教の自由が典礼の自由に限定されないように」と警告しながら、「おのおのの(宗教)グループと個人に対して、同等の尊厳性と機会が具体的に保障されるように」と訴えた。そして、「差別が克服され、人間の基本的人権が蹂躙(じゅうりん)されるのではなく、促進されていくように」と願った。特に、「生命への権利が常に尊重される必要があり、その権利は処罰を受けている者に対しても保障されなければならず、その者の生命が抹消されてはならない」と言明した。

教皇による「信教の自由」「生命への権利」の保障に関する発言は、同国の政権担当者たちにとって耳が痛いものだった。同国はイスラーム・シーア派が人口の多数を占めているが、政権を担当する王室は同スンニ派だ。これまでにも、中東地域における歴史的な両派の対立を背景に衝突が発生し、2011年には、バーレーン王室の政策に対する抗議デモを展開したシーア派国民が逮捕、収監され、「シャリーア」(イスラーム法)による死刑が執行された。現在も、多くの政治犯が(テロ活動者として)収監されている。今回の教皇の発言は、シーア派にも同等の権利を保障し、死刑を廃止するようにという王室政権への訴えだったのだ。

また、教皇は、砂漠に立つ「生命の木」は環境問題を示唆しており、11月6日に開幕した国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)が前進するようにと願った。

最後に、地下から根によって生命の水を吸い上げ、枝葉に給水する「生命の木」が、「生命を繁栄させるという、この地球上における人間の使命を象徴している」と説示。「怪物的で無意味な戦争を通して、利己主義、暴力、うそといった、人間の最悪な側面が浮かび上がる」と述べ、「武器の論理を拒否し、各国の膨大な軍事費を使って飢餓を克服し、医療や教育制度を充実させよう」と訴えた。また、「『忘れられた戦争』とも言えるイエメン内紛に対する特別な配慮」を伝えた。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)