揺れ動くバチカン、ロシア、ウクライナの関係(海外通信・バチカン支局)

ロシア正教会モスクワ総主教区外務部長に就任したアントニー・ヴォロコラムスク大主教が8月上旬、バチカンを訪問し、4日に同市国外務局長のポール・リチャード・ギャラガー大司教、5日にはローマ教皇フランシスコと面会した。

帰国したアントニー外務部長は、8月24日にモスクワで駐ロシア教皇大使のジョバンニ・ダニエッロ大司教と懇談した。アントニー外務部長は同日、ロシアの国営通信「RIAノーボスチ」を通して、「世界伝統宗教指導者会議」(9月14、15日/カザフスタン首都ヌルスルタン)を開催するカザフスタン政府に対し、「諸宗教対話を促進する同国政府のイニシアチブ」を高く評価しながらも、「世界伝統宗教指導者会議においてロシア正教会は代表者による使節団が派遣されるが、キリル総主教は参加しない。従って、キリル総主教と教皇フランシスコとの出会いは予定されていない」と公表した。

キリル総主教と教皇は、2016年にキューバの首都ハバナで歴史的な出会いを果たした。2回目の出会いが今年の5月に聖都エルサレムで予定されていたが、バチカン側が中止を公表した。アントニー外務部長はそうした経緯を振り返りながら、「それ以来、バチカン側から2回目の会見について何の通知も受けていない」と明らかにした。また、「メディアの報道を通して、世界伝統宗教指導者会議の合間に教皇がキリル総主教に会いたいとの意向を表明していると伝えられていたが、バチカン側からは何の連絡も受けていない」とも述べた。

加えてアントニー外務部長は、「たとえ、世界伝統宗教指導者会議という意義あるイベントであるとしても、モスクワ総主教と教皇の会見は、“合間に”という形で企画されてはならず、特別な意味を持つ、独自のイベントとして準備されるべきだ」と主張。ハバナでの歴史的出会いが事前に調整され、その時に署名された合同声明文が今でも効力を発揮しているように、第2回の会見も同様に「最も周到なる準備、懇談内容の設定、合同声明文の草案などが、事前に協議されるべき」だと訴えた。

教皇は、ロシアによるウクライナへの侵攻が2月24日に開始されて以来、日曜日正午の祈りや水曜日恒例の一般謁見(えっけん)の席上を中心に、あらゆる公的の場を利用してウクライナ戦争の終結をアピールし、苦しむウクライナ国民への連帯と支援を訴え続けてきた。ウクライナ侵攻から6カ月が経った8月24日のバチカンでの一般謁見の機会にも、「この6カ月間にわたり戦争の恐ろしさを体験している、愛するウクライナ国民の和平」を嘆願しながら、「戦争は狂気」であり、「多くの無実の犠牲者を出す」と糾弾した。また、教皇は、南ウクライナのザポリッジャ州にある原発を巡る状況にも憂慮を示した。

さらに、命を落とした、また孤児となった多くのウクライナ人とロシア人の子供たち、戦争捕虜や難民について触れながら、「多くの無実の人々が狂気の代価を払っている」と指摘。 プーチン大統領の主張するイデオロギーの“頭脳”とも呼ばれたドゥーギン氏の娘・ダリア氏に対しても、「モスクワで車の座席の下に爆弾を仕掛けられ、空中に飛んだ哀れな女性」と言及した。

しかし、この教皇の発言に対して駐ウクライナ教皇大使のアンドリー・ユーラシュ氏は、「教皇のスピーチに落胆させられた。侵略者(ロシア)と犠牲者(ウクライナ)を混同してはならない。どうして、帝国主義イデオロギーの提唱者を無実の犠牲者として挙げることができるのか」と抗議したのだ。さらに、翌25日には、ウクライナのドミトロ・クレバ外務大臣が教皇大使のヴィスヴァルダス・クルボカス大司教を召喚し、「ウクライナは、教皇の発言に深い落胆を感じている。教皇の発言は、侵略者と犠牲者を不当に混同している」と抗議した。

9月には教皇がウクライナを訪問すると報道されているが、それを前に揺れ動く3国の関係がうかがえる一コマとなった。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)