モンゴル仏教使節団が初めてバチカンを公式訪問(海外通信・バチカン支局)

モンゴルの仏教使節団が5月27、28日の両日、同国史上初めてバチカンを公式訪問し、ローマ教皇フランシスコに謁見(えっけん)した。さらに、バチカン諸宗教対話評議会を訪れ、対話を展開した。

同使節団のバチカン訪問は、バチカンとモンゴル間における外交関係樹立と、首都ウランバートルの教皇使節区の創設30周年を機に企画されたもの。モンゴルのカトリック教会は、旧ソ連の解体とともに信教の自由が保障されるようになってから開始された宣教活動によって生まれ、現在では約1400人の信徒と8教会を有する。同使節団の付き添いでウランバートルからバチカン入りしたジョルジョ・マレンゴ教皇使節は、同使節団のバチカン訪問を「(モンゴルにおける)諸宗教対話に関する重要なる一歩」として評価した。

同使節団は28日、ローマ教皇に個別謁見した。教皇は彼らに向かい「今日、平和が人類の熱き願望である」と呼びかけ、それ故に、「あらゆるレベルでの対話を通して、平和と非暴力の文化を促進していくことが急務である」とアピールした。

また教皇は、この対話が全ての人を、環境に対する暴力も含めて、あらゆる形の暴力を拒否するように誘(いざな)わなければならないと強調し、「残念ながら、暴力と憎悪を正当化するために宗教を利用する者もいる」と警告。一方、「キリストとブッダは、平和の構築者、非暴力の推進者であった」と解釈を示し、法句経を引用して「勝利は憎しみを生み 敗者は嘆き苦しむことに。勝利も敗北も放棄した平和な人は幸せに生きる」(第15章5節)と使節団に語りかけた。

このメッセージは、ウクライナ戦争をはじめ「断片的に戦われる第三次世界大戦」(教皇)といった世界状況の中で、教皇が仏教徒たちと分かち合う非暴力と反戦の理念から来ている。戦争には勝者も敗者もなく、「人類の敗北」(教皇)があるのみ。教皇は「紛争や戦争によって破壊し尽くされた世界において、宗教指導者たちは、おのおのの宗教教義に深く根を張りながら、人類の内に暴力を放棄し、平和の文化へ向けた意思を覚醒させていく義務を背負っている」と訴えた。

さらに、モンゴルにおける「諸宗教共存の長い歴史」に言及した教皇は、「信教の自由の効果的な実現と、共通善の追求に関する共なるイニシアチブによって、多様性の中における調和が今後も継続されていくように」と願い、スピーチを結んだ。

同使節団の公式訪問に先立ち、バチカン諸宗教対話評議会は5月1日、世界の仏教徒が満月の夜に釈尊の降誕を祝う「ベサク祭」に、世界の仏教徒に「耐久性のある希望を持って共に歩もう」と呼びかけるメッセージを公表。新型コロナウイルスとの闘いも終わらず、環境危機に伴う自然災害が頻発、無実の人々の流血や広範囲にわたる苦しみを生み出す紛争も続いていると指摘。さらに、暴力が宗教によって正当化される世界にあって、バチカンが世界の仏教徒に宛てて公表したメッセージは、「仏教徒とキリスト教徒は、宗教的、道徳的動機を基盤とし、和解と強靭(きょうじん)なる希望を求める人類を支えていかなければならない」と訴える。

メッセージではまた、ブッダが「苦の起源と原因を説明し、苦からの離脱の道として八正道を説き」、「貪欲(とんよく)と権力闘争といった止(や)むことなき渇望からの治癒への道を示した」のに対して、キリストは「狂気に走る世界の真っただ中において、山上の垂訓を説き、霊的価値を優先させることによって、耐久性を滋養していくように」と促したと主張する。

仏教徒とキリスト教徒は、八正道や山上の垂訓といった、おのおのの宗教伝統の中にある「秘められた宝」を再発見することによって、人類に「耐久性のある希望」を与えていかなければならないのだ。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)