歴史の針を巻き戻すプーチン大統領(海外通信・バチカン支局)
一方、欧米世論では、1991年にソ連の崩壊とともに独立したウクライナが、この30年間に民主化を進め、ロシアとの隷属的な関係を脱却し、自身の国家アイデンティティーを強めてきた歩みを踏まえ、ロシア軍に抗戦する可能性があるとの意見も多かった。特に、2014年のロシアによる「クリミア併合」以来、ウクライナのロシアへの疑念が深まったからだ。
プーチン大統領は25日、国家安全保障会議の席上で、ウクライナ軍に対して「権力を掌握するように」とクーデターを呼びかけた。同時に、親欧米派のゼレンスキー政権を「薬物中毒者とネオナチ集団」と称し、同政権との交渉を拒否すると発言した。
スースロフ氏は、プーチン大統領は「ロシア帝国やソ連の再興という構想を抱いていない」と言明している。しかし、欧米世論は、ロシアがウクライナの制圧に成功すれば、矛先をバルト3国や東欧諸国に向けると懸念しており、NATOは東欧地域とバルト3国で軍事力を増強している。
宗教界でも動きがあった。ロシアがウクライナに侵攻した24日、ロシア正教会の最高指導者であるキリル総主教が、それまでの沈黙を破り、書簡を公表した。ロシア正教会の聖職者や信徒に向けて、「ウクライナ紛争に関わる全ての人は、市民に犠牲者が出ないよう、あらゆる努力をしてほしい」「主教、司牧者(教会指導者)、修道僧や信徒たちは、難民や、家屋を失い日常の糧を欠く人々を含めた紛争被害者への救援活動を提供するように」と訴えた。
ロシア軍のウクライナ侵攻に関しては、「現行の出来事によって生じる人々の苦を、深く心に突き刺さる苦痛として受け取る」という表現にとどめ、侵攻そのものを非難するような記述は避けている。一方で、「ウクライナ人とロシア人は、ロシアの洗礼(ロシアにキリスト教が導入された980年前後)以来、数世紀にわたる共通の歴史を有しており、この神から与えられた類似性によって、紛争に発展していった分裂と不合意を克服できると信じる」と述べた。この記述は、親ロシア化を目的としたプーチン大統領によるウクライナ侵攻に宗教的な根拠を与える表現として解釈されている。
20世紀に起きた二つの世界大戦での破壊を教訓として、廃虚から立ち上がってきた人類は、世界平和を求めて国際法を制定し、国家の主権と領土の一体性などを定めた。さらに、1989年のベルリンの壁崩壊後には、東西冷戦が終結し新たな平和世界が生まれるとの期待が高まっていった。だが、ウクライナで今、歴史に逆行する事態が起きている。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)