3月にイラクを訪問する教皇 シーア派最高指導者と会見(海外通信・バチカン支局)

イラクの首都バグダッドで1月21日、2件の自爆テロが発生し、30人以上が死亡した。3月上旬に同国を訪問予定のローマ教皇フランシスコは21日、同国のバルハム・サレハ大統領に宛て弔電を送り、テロ攻撃を「無意味で残忍な行為」と非難するとともに、「友愛、連帯による平和によって暴力を乗り越えていくことを願う」と心情を表した。

自爆テロの発生から数時間後、「イスラーム国」(IS)を名乗る過激派組織が、「異端者、不信仰者であるイラクのシーア派を標的とした攻撃」との犯行声明を出した。ISが、シーア派と対立を深める背景には、イラク、シリア両国で勢力を伸ばしていた時のことが大きく関わっている。

ISは「イスラーム・スンニ派」を名乗っており、2014年、イラク、シリア両国で発生した内戦による混乱に乗じて勢力を拡大した。一時は、シリア東部からイラク西部にわたる約8万8000平方キロメートル(それぞれの国の領土の3分の1、800万人が居住)を実効支配した。この間、イラクのシーア派は、ISから迫害を受けていたキリスト教徒や諸宗教の信徒、少数民族を擁護。ISの暴力と恐怖による支配を非難したことで、過激派の憎悪の対象になったとみられている。

そうしたイラクのシーア派の最高指導者がアヤトラ・アリ・シスタニ師だ。イランで生まれた今年90歳になる長老指導者で、イラクだけでなく、湾岸諸国のシーア派ムスリム(イスラーム教徒)からも敬慕されている。同師は、ISから迫害を受けるイラクのキリスト教徒に思いを寄せ、「イラク人のキリスト教共同体を守らなければいけない。彼らを標的とする暴力は、イラク全体に対する脅威である」と発言した。また、19年にISの犯罪を調べるため、ナジャフ(シーア派聖地)を訪れた国連の調査団に対し、「シンジャールでのヤジディ教徒、モスルでのキリスト教徒、タルアファルでのトルクメン(トルコ系民族)と同じように、イラクの少数民族などに対する“残忍な犯罪行為”についても調査を」と進言していた。

昨年12月7日に教皇のイラク訪問が公表されて以降、同国のカルデア派カトリック教会とシーア派は対話を重ねて連携し、教皇のナジャフ訪問と、シスタニ師との会談をバチカンに強く要請していた。17年にISは同国で勢力を失い、国際社会は「IS敗北」を発表するが、その構成員にとって、教皇とシスタニ師の会見は、「異端者、不信仰者」の出会いとして映るのだ。この点から、1月21日にバグダッドで発生した2件の自爆テロは、教皇とシスタニ師の会見に対する「警告」とも受け取れる。

バチカン記者室は2月8日、教皇のイラク訪問(3月5~8日)の公式プログラムを発表した。この中で、教皇は3月5日に首都バグダッドに到着し、首相、大統領、政府関係者らと会見し、スピーチも行う。翌6日にはナジャフを訪問し、シスタニ師を表敬訪問する予定だ。同国のカトリック教会と、人口の主流を占めるシーア派の人々が強く望んだ二人の出会いが実現することとなった。ただ、両指導者が「人類の友愛に関する文書」に共に署名するのではないかとの見方があったが、公式プログラムにその記載はなかった。

シスタニ師と会談後、教皇は中東3宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム)に共通する祖師・アブラハムの生誕地とされるウルに移動。同地で開催される「諸宗教の集い」に参加してスピーチを行う。7日には、キリスト教徒の多いアルビール、モスル、カラコシュを訪問。ISの支配下で犠牲となったキリスト教徒を追悼し、同地域の信徒たちを励ます予定だ。

教皇による初のイラク訪問は、「あなたたち全てが兄弟」をモットーとしている。唯一の神を信じ、共通の祖師を持つ3宗教の信徒たちに、「友愛」を基盤とする中東和平を説く外遊となると期待が寄せられている。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)