新型コロナウイルスが浮き彫りにした世界の実相――ローマ教皇フランシスコ(海外通信・バチカン支局)
新型コロナウイルスのワクチンに特許登録が許されてはならない
ローマ教皇庁社会科学アカデミーのステファノ・ザマーニ院長は8月20日、新型コロナウイルスのワクチンは世界に対する共通善(公共の利益)といえるもので、特許の独占権が行使されてワクチンが全人類に平等な利用がなされないのは許されないと発言した。
これに先立つ19日、ローマ教皇フランシスコは一般謁見(えっけん)のスピーチで、ワクチンが「富裕層の特権や特定の国の所有物となること」に憂慮の念を表明し、共通善や地球環境に貢献する意思がない企業にワクチンが独占されることは世界に悪影響を及ぼすと発言していた。
同院長は、特許登録は私有物や、公共物であっても共通善ではないものにのみ認可されるべきで、このワクチンは世界保健機関(WHO)などの国際機関によって人類の共通善と認定されるべきものと強調。特許による独占権が認められれば、「(結果的に)ワクチンは裕福な人に接種され、貧しい人々をないがしろにする事態は、貧者を消滅させることを意味する」とし、「私たちにとって恥ずべきことであり、新しい形での人種差別となる」と非難の声を上げた。
現在、先進各国を中心に同ウイルスのワクチン開発の競争が続いており、ワクチンは外交戦略の道具として、また紛争地域における他国への圧力の道具として使われかねないと懸念されてもいる。同院長は、「ワクチンが効力を発揮するためには、普遍的(世界レベルであらゆる人々を対象とする)な接種の仕組みが必要」と主張。感染率が非常に高い同ウイルスを抑え込むには、特定の層や一部の人にのみ接種するというのでは効果を得られないからだと警告した。特許権を制限せよとの主張は、ワクチンが共通善として平等に利用されるべきであるという人道上の観点と、同ウイルスを効果的に抑制する目的効果の面からなされている。
一方、同院長は、ワクチン開発には膨大な資金が投入されており、取り組む研究機関や製薬会社に正当な報酬を払う必要性は認めている。ただし、ワクチンの実用化にかかる時間を短縮しようとして、その有効性や安全性を確認するための動物実験を行わず、ボランティアによる臨床試験を重ねる開発形式には倫理的な問題があると指摘した。安全性が確かめられていない中で人間を実験に使うことへの懸念を表したのだ。
同院長は、米国では3万人がワクチンの臨床試験(治験)を承諾したと報じられているが、彼らは生活困窮者であり、謝礼金が目的であって人道上の問題があると説明。貧者による臨床試験で開発されたワクチンが、富裕層へと優先的に接種されるのは非倫理的であり、教皇フランシスコが非難していることだと伝えた。その上で、人道的に問題があるプロセスを経て開発されるワクチンの特許登録が許され、その研究機関や製薬会社が独占権を得ることに異議を唱えた。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)