「新型コロナウイルスによる感染症の終息を祈る教皇」など海外の宗教ニュース(海外通信・バチカン支局)

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の聖母画の前で祈る教皇(写真提供・バチカン記者室)

新型コロナウイルスによる感染症の終息を祈る教皇

イタリアの新型コロナウイルス(COVID-19)感染者は3月15日現在、2万603人で、死者は1809人に上る。

感染が拡大する中で、コンテ政権はこれまでに、4月3日までの学校や大学の閉鎖、国民の居住地からの移動の禁止などを打ち出してきた。その後、3月25日まで全国の商店、レストラン、飲食店、理髪店、美容院などの閉店、国民には外出禁止を命じた。開いているのはスーパーマーケット、食料品店、薬局、銀行、郵便局ぐらいで、仕事や生活維持にどうしても必要な場合を除き、外出は禁じられている。

スーパーマーケット、郵便局、薬局に行っても、一度に数人しか入れず、ドアの外では最低1メートルの間隔を置いて並ばなければならず、そうした人々による長蛇の列ができている。教会も閉鎖され、あらゆる宗教活動が禁じられている。

バチカンは、バチカン美術館の休館に続き、サンピエトロ広場と大聖堂を閉鎖し、教皇の一般謁見(えっけん)、日曜日の正午の祈りや朝ミサへの信徒たちの参加を中止し、「バチカンメディア」を通して実況中継することに切り替えた。復活祭前の聖週間(4月5~11日)に執り行われる、教皇が司式する洗足式、コロッセオを舞台に展開される十字架の道行(キリストの受難と死の追憶)、復活前夜祭も信徒らの参加は見送られ、中継されるとのことだ。

サンピエトロ広場から大聖堂に参観する人々の長蛇の列が消え、人が一人もいなくなった。ローマ市内を埋め尽くしていた観光客の姿が消え、道路は閑散としている。一方、家に閉じ込められたイタリア人が全土で毎日午後6時になると、バルコニーから国歌を斉唱して、鍋やフライパンを叩(たた)き、「われわれはコロナウイルスの克服を成し遂げる!」と叫び、相互に励まし合う光景が見られるようになった。

閑散としたローマ市内を徒歩で聖マルチェッロ教会に向かう教皇(写真提供・バチカン記者室)

「厳重な規制がいつも良い結果をもたらすとは限らない」。そう話すローマ教皇フランシスコは政府からの規制を順守しながらも、神父や聖職者たちに、「神の民(信者)を見放さないように、彼らが(教会に)付き添われていると感じることができるように」と語り、あらゆる方法を講じるよう促している。ローマ市内の教会の中には、人を入れないながらも、門戸を開放し、照明をつけ、パイプオルガンを鳴らすようになった。新型肺炎の流行という暗いトンネルの彼方には、一条の光明があるという信仰を示すためだった。また、全土の教会で、感染や規制によって不自由な生活を送る住民たちと“共にある”という連帯を知らせるために、一斉に鐘を鳴らすようにもなった。

教皇慈善活動室のクライエフスキー枢機卿は、政府の政令を完全に順守しながらも、「貧しき者や路上生活者に教会を開けることは、私の権利である」と主張し、ローマ市内の移民労働者たちの多くが生活する地区の教会を開いた。全土の教会では、神父たちがインターネットを通して信徒たちを指導し、青少年の宗教教育に邁進(まいしん)している。

教皇自身も3月15日午後、予告もなしにバチカン市国を出て、ローマ市内の二つの教会を訪問し、新型肺炎の終息を祈った。ローマ終着駅の近くにあるサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂には、「ローマ人の救い」と呼ばれる聖母画が安置されている。現教皇は国際旅行の始めと終わりには必ず訪問し、その前で祈りを捧げる。聖母画には、西暦593年に教皇グレゴリオ一世がローマを襲ったペストの終息を祈るために、また、1837年には教皇グレゴリオ十六世がコレラの蔓延(まんえん)を防ぐため、市民たちの宗教行列を先導した歴史がある。

聖マルチェッロ教会の十字架の前で祈る教皇(写真提供・バチカン記者室)

教皇が訪問した二つ目のコルソ通りの聖マルチェッロ教会には、1522年にローマでペストが大流行した時、市民たちが抱えて市内の各地を行進し、ペストからローマ市民を救ったとの伝説のある十字架が安置されている。教皇フランシスコは、聖母画と十字架の前で、新型コロナウイルスによる犠牲者、感染者と、全精力を傾けて彼らの治療にあたる医師、看護師、ボランティアたちのために祈りを捧げた。

【次ページ:ロシア連邦議会下院議長 「神への言及を含む憲法改正案」を詳説】