バチカン諸宗教対話評議会議長のジャン・ルイ・トーラン枢機卿が帰天

2009年6月、バチカン諸宗教対話評議会を訪れた庭野会長と懇談するトーラン枢機卿(右)

バチカン記者室は7月6日、パーキンソン病のため米・コネティカット州の修道院で療養中であったバチカン諸宗教対話評議会議長のジャン・ルイ・トーラン枢機卿が前日の5日、亡くなったと発表した。75歳だった。

1943年にフランス・ボルドーで生まれたトーラン枢機卿は、69年に司祭に叙階され、73年から教皇庁教会アカデミー(バチカンの外交官養成機関)で外交を学び、教皇庁立グレゴリアン大学では教会法を修めた。75年、バチカン外交の世界に入り、ドミニカやレバノンの教皇大使を歴任した後、90年に大司教になると同時に、バチカン国務省第2課(世界各国との関係課)の課長(外相)に就任した。

外相としてバチカン外交を担当していた2003年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世によって枢機卿に登用され、07年には教皇ベネディクト十六世によって諸宗教対話評議会の議長に任命された。13年の教皇選挙(コンクラーベ)では、バチカン大聖堂の中央バルコニーから世界に向けて、新教皇フランシスコの名を告げる役割も果たした。

諸宗教対話評議会議長としては、世界で過激主義が広がりを見せる中で、対話による信頼醸成と平和構築に努めた。昨年4月にはエジプト・カイロにあるイスラーム・スンニ派最高権威機関「アズハル」で開催された平和会議への教皇フランシスコの参加に尽力。また、今年4月、病状が悪化しているにもかかわらず、サウジアラビアを訪問し、「原理的保守主義」から「対話と寛容」への道を歩もうと努力する同国の宗教指導者と交流し、エールを送った。「私たち全員を脅かしているのは、文明の衝突ではなく、無知と過激主義との衝突だ」と主張し、「未来は、(青少年の)教育に懸かっている」と訴えたトーラン枢機卿のサウジアラビアでのスピーチが、公的な場での最後の言葉になった。

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