内藤麻里子の文芸観察(46)
成田名璃子さんの『いつかみんなGを殺す』(角川春樹事務所)は、タイトルだけ見た時は本格ミステリーかと思ったが、さにあらず。いやはや豪快なスラップスティック(ドタバタ劇)だった。なにせ「G」とは、見たら誰しも悲鳴を上げてしまうあの昆虫「ゴキ……」のことなのだから。
舞台は老舗ホテル。ホテルにとって命運を賭した1日が始まった。夜には、クリスマスシーズンより賑(にぎ)わうイベント「ミッドサマードリームナイト」の最終日が控える。ホテル内のフレンチレストランは、ミシュランの覆面調査員が訪れるという情報をキャッチしている。スイートルームでは歌舞伎界の大物、市川硼酸次(ほうさんじ)がある儀式を行うことになっている。この儀式はなんと、その大きさから「ビッグG」と呼ばれるGを使うのだが、その個体が逃げ出した。ホテルにGは禁物。総支配人の鹿野森優花(かのもり・ゆか)は、非番だったホテル専属のGハンター、姫黒マリを呼び出した。
ホテルが舞台だから、それはもう登場人物が入り乱れる。次期後継者候補として改革を進める優花に反対する一派の筆頭、副支配人は腹に一物ある風情。ビッグGが厨房(ちゅうぼう)に出没したレストランのグランシェフは、衝撃のあまり持病を発症し、窮地に陥る。ホテルのホールでピアノを弾く音大生は、Gにまつわる忌まわしい過去を引きずり、自分を捨てた恋人の姿をホテルで発見する。歌舞伎役者の硼酸次のもとで、ある密命を帯びた付き人は、浮気を疑われて恋人がホテルに乗り込んできた。田舎育ちを気にする総支配人付きの新人秘書は右往左往する。誤解が誤解を生み、陰謀によりGがばらまかれ、混乱を極める群像劇だ。どの登場人物もキャラクターが立っているので、しっかり識別しながらすんなり読んでいける快感がある。
Gハンター、姫黒の必殺技「プリンセス・ドリル」に心底ゾッとし、ピアノの打鍵でハンマーに押しつぶされるGは想像もしたくない。硼酸次はじめ、付き人の蜚蠊郁人(ひれん・いくと)、副支配人は穀句(こっく)ローチなどとG絡みの人物名も登場し、物語はコミカルにテンポよく進む。その一方で、持病や忌むべき過去、田舎コンプレックスなど、それぞれが心に抱える問題をGになぞらえて次々と乗り越えさせながら大団円になだれ込む手際は巧みだ。その大団円も、不思議なキャラクターだった姫黒の過去にまつわる仕掛けが待っている。サービスたっぷりのエンターテインメントである。
「おぞましい」を漢字で書くと「悍ましい」だと、本書で初めて知った。
プロフィル
ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。
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