内藤麻里子の文芸観察(34)
今最も注目されている作家の一人が、新川帆立さんだ。「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した『元彼の遺言状』で、 2021年にデビューしたばかり。同作は先ごろテレビドラマ化(フジテレビ系)され、新作『競争の番人』(講談社)は刊行を待ちかねたようにこの7月からドラマ(フジテレビ系)が始まる。
『競争の番人』は4作目の小説。前3作の主人公が弁護士だったところ、今回は公正取引委員会の審査官だ。あまりなじみのない官庁だが、談合やカルテル、下請けいじめなど独占禁止法に違反する企業を取り締まる。競争が関係する全業界を対象とするため、特定の業界団体や政治家との利権もなければ、立入検査には強制力もない。弱小官庁なのだ。
主人公の白熊楓(しろくま・かえで)は、わけあって警察学校を中退後に入局したノンキャリ審査官。空手で全国大会2位までいった体育会系で、つい聴取対象者に心を寄せてしまう人情派。彼女が所属する第六審査長に、同期の小勝負勉(こしょうぶ・つとむ)が戻ってきた。20歳で司法試験に合格し、東大法学部とハーバード・ロースクールを首席で卒業したキャリア組。クールで寡黙な審査官である。
白熊が聴取していた談合の関係者の自殺から物語の幕が開く。失意の白熊だったが、小勝負と共に新たな事件を割り当てられる。ホテル3社のウェディング費用に関するカルテル疑惑だ。生花店に対する下請けいじめも含めて調査は進むが、ホテル天沢Sの専務は立入検査に拒否の姿勢を示す。
二転三転するホテル天沢Sの調査、生花店の事情、一方で進む白熊のウェディング準備に彼女の家庭事情、自殺した対象者の娘との関係など読みどころは盛りだくさん。いずれも端的な手際で描きながら、実は細かく絡み合った緻密さ。情に流されがちな白熊に、水をかける冷静な小勝負というコンビの妙。エンターテインメントとして飽きさせることがない。それでいて大きな事件の軸をしっかり貫く、ミステリーとしての強靭(きょうじん)さもある。知らなかった公正取引委員会をめぐる、お仕事小説としても面白い。
この読みやすさとサービス精神に、なるほど話題になるのもうなずける。新川さんは弁護士として仕事をする傍らのデビューだったが、すぐに専業作家になった。今や引っ張りだこで、次作『先祖探偵』(角川春樹事務所)も間もなく刊行される。内田康夫、西村京太郎と人気作家を相次いで亡くしたエンタメ界に、また新しいタイプのミステリーの新星が誕生したことを大いに喜びたい。
プロフィル
ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。
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