内藤麻里子の文芸観察(15)

相場英雄さんの『アンダークラス』(小学館)は、事件のもつれた糸を解きながら、現代社会のゆがみをあぶり出す。全体にも細部にも目配りを利かせた充実のミステリーだ。

迷宮入りの地味な事件をコツコツと調べる、警視庁捜査一課継続捜査班に在籍する田川信一に、キャリア警視・樫山順子が人探しを依頼する。日本に働きに来た旧知のベトナム人女性が行方不明になっていた。その直後、まさに探そうとしていた女性、アインが、秋田県能代市で自殺幇助(ほうじょ)の罪で逮捕された。アインは神戸の技能実習先を逃げ出した末に、能代の老人介護施設に職を得ていて、末期がんで悲観した入所者、藤井詩子に頼まれ、水路に突き落としたというのだ。

能代に急行した田川は、藤井が覚悟の自殺ではなく、殺害されたことを示す痕跡に気づく。生前、藤井がネット通販の多国籍IT企業、サバンナのカスタマーセンターに何度も電話したことも判明する。アインは何を隠しているのか、田川と樫山の追跡が始まる。

巨大IT企業の体質、外国人技能実習生の惨状、既に経済的に貧しくなっている日本の状況が混然一体となって物語が紡ぎ出される。ITの巨大プラットフォーム、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に対して、欧米でも日本でも規制が強まっている。本書によって、なぜ規制を必要とするのか、問題の所在が怖いほど理解できた。

こうした大きな構えだけでなく、それぞれの登場人物が血肉を持った人間として描かれている。例えば、食事に関する描写がいい。還暦近い田川が、ポテトや揚げ物の差し入れを食べるのを控える場面がある。年齢的に味が濃すぎて、のどが渇いてしまうからだ。こんな細かい描写が彼らに息を吹き込み、物語の手触りをリアルにしていく。

現状のゆがみを突きつけるばかりではない。サバンナが乗り出そうとするファッション事業をめぐり、ライバルとなるIT企業「YOYO CITY」に起死回生の解決策を提示させる。多くの日本人が「アンダークラス(下層階級)」になりそうな時代の生き方を、田川に語らせてもいる。いずれも、もはや経済成長が難しい時代の可能性につながるものだ。

実は、本書は『震える牛』(2012年)、『ガラパゴス』(2016年)に続き、田川が事件に迫るシリーズ3作目。食の安全や、地域社会を壊した大規模ショッピングセンター、派遣労働者問題などを扱い、現代日本の暗部をえぐってきた。その筆はますます冴(さ)えていくようだ。本作だけ読んでも、全く支障なく楽しめる。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て90年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。