内藤麻里子の文芸観察(12)

夏木志朋さんの『ニキ』(ポプラ社)は、ちょっとぎょっとするような設定で人として「普通」であることの意味を問いかける。毒々しく幕が上がる物語は、なんとさわやかな一陣の風すら感じる展開を見せる、心震わせる異色の青春小説である。2019年のポプラ社小説新人賞を受賞した本作がデビュー作となる。

昔から「変わった子供」と言われ続けた高校2年の田井中広一は、担任の美術教師、二木良平を小ばかにしている。二木がひた隠す秘密を知っているからだ。ある日、そのことが本人にばれてしまい、それならと二木を脅しにかかるが、逆に何を要求したいのか考えて来いと「宿題」を出されてしまう。空気が読めない「変」な自分に悩む“イタイ”高校生と、人に言えない趣味と性癖を持つ“ヤバイ”教師のバトルが始まる。

広一の日々は、数々の失敗を重ねて自分を矯正しようとした過去と、クラスメートとのコミュニケーションもままならず、気晴らしはエロ漫画雑誌を見るしかない現在でいっぱいだ。生きづらい人の負の感情を正面から描く。二木の趣味も倫理的に眉をひそめるに十分で、最初は不快になる向きもあろう。しかし、うっぷんをバトルにぶつける広一を、二木が迷惑がりながらいなしたり、挑発していくうちに、徐々に様相は一変していく。

物語にはストーリーと文章という両輪があるが、本書はストーリーもさることながら、目を引くのは描写だ。いちいち胸に刺さるのだ。

「この地球で快適に生きたいくせに、自分自身のままでいたいのだ」「きみには、まだ、足りないものがある(中略)自分を好きになることだよ」「人間、生きづらければ自ずと哲学するものだと思う」――こんな文章に導かれ、物語が心にしみてくる。

秘密を抱えた二木は人間としてでき過ぎの感もあるが、この人が示す生き方はないがしろにできない。少々ほの暗い生き方だが、そうすることで生きていける人がいるだろうし、誰しも多少はそうしているのではなかろうか。この作品が教えてくれる生きるよすがは、心の支えになりそうだ。

とはいえ、物語はしんみりとは終わらない。笑ってしまうほど衝撃の展開が待っている。

最後に、ネタバレになるので多くは書けないが、小説は書くことでも、読むことでも人を救う。そんな小説への信頼を形にしてくれていることもうれしかった。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て90年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。