【精神科医・名越康文さん】虚しさが癒える道筋は仏教にある

人間を含めた全ての生物は「死」を避けられない。やがて迎えるいのちの終焉(しゅうえん)を前に、「人はなぜ生きるのか」との問いに答えを持たないことが、漠然とした空虚感や不安の根底にあると仏教に造詣が深い精神科医の名越康文さんは指摘する。「解決の糸口は仏教にある」と語る名越さんに、虚(むな)しさを解消し、充実した生き方をするためのヒントを聞いた。
自他を超えた価値観
――虚しさや不安の根底には何があるのでしょうか
現代は、「コストパフォーマンス(コスパ)」という言葉が言われて久しいです。コスパとは、かけた費用や労力に対して、どれほど利益を得られるかという効率性を表します。この中には、物事は全て交換可能という意味も含まれています。労働してお金を稼ぎ、物を消費して経済を回す社会に生きている僕たちには、当たり前のことに感じられるかもしれません。
しかし、それだけで人生は問題なく進むでしょうか。例えば、僕が60歳を超えた時、つらい股関節痛が起きて、自分に合った治療法を見つけるまでに何年もかかりました。その間、誰かに痛みを引き取ってもらうなんて、お金をかけてもできないですよね。今はおかげさまでとても回復したのですが、さまざま工夫を重ねても物事が好転しない期間というのは、どんな人生にもあるものだなあとつくづく感じました。容姿や若さ、人間関係の悩み、突然の事故や病気など、費用、労力をかけても解決しない問題が人生には度々あります。生老病死をはじめ、人生は交換不可能なことで溢(あふ)れているということは誰しもが思い当たるものです。
それなのに、“コスパ”という価値観は、交換という相対関係を前提とします。これは逆にいうと「自分と他人の利益は別」「他人の幸せは自分の幸せじゃない」という個別的な考え方にも行き着き、「人は死んだら終わり」という死生観にもつながっていきます。これが20世紀以降、近代になって人間の抱える「虚しさ」「不安」の根底にあるのではないでしょうか。
一方、私の理解では、仏教ではいのちはつながり合っているのだと説きます。ここに、現代人の悩みを解消し、救いにつながるヒントがあります。
――「いのちのつながり」について教えてください
僕の宇宙観、生命観の基には宗教性があります。僕の学んだ限りにおいてですが、さまざまな日本の仏教の宗派にかなり共通しているのは、“宇宙は一つの生命体に違いない”という気づきなのではないかと思うんです。僕が研究している真言密教では、「即身成仏」といって、「この身このままで現世に成仏できる」と明示しています。成仏とはすごく要約して言うことを許してもらえるなら、“全生命と自分は一体である”と気づくことです。庭野日敬開祖のご著書の中においても、皆が一つのいのちを生きている、ということを書かれていたと記憶しております。
明治期の生物学者である南方(みなかた)熊楠(くまぐす)は、森の生態系を観察し、さまざまな異なる種類の生命同士がつながり合い、一つの大きな生命体として生きていると理解しておられたと思います。人類は、何十億年も前に誕生した単細胞生物から始まり、さまざまな過程を経て僕たち一人ひとりになっています。そうした壮大ないのちのつながりを実感することで、自分以外の全ての存在との一体感、一人ではないという安心感を得られるのだと思います。