【漫画家・魚戸おさむさん】“病気を治さない医者”の物語
死は“日常の一風景”
――漫画の中で、患者が亡くなる直前まで身体機能の回復に努め、本人の望みが実現するよう尽力する天道医師の姿勢が印象的でした
僕は天道の姿を通じて、患者に〈寄り添う〉と〈向き合う〉ことの意味の違いを描きたかったのです。極端に言えば、在宅医療について何の知識もない幼子でも寄り添うことはできます。患者の傍らにいるだけで励ましや癒やしを与えることは可能で、それはとても素晴らしい行為ですが、在宅医は、そこに留(とど)まるだけではありませんでした。
あるリハビリ専門医は、「仮に患者さんが明日、死を迎えるとしても、身体機能を回復する可能性が1%でもあるのなら、全力でリハビリに取り組みます。それが私の役目であり、患者さんにとって大切なことだと受けとめています」と在宅医の使命について教えてくれました。
コミックス第8巻『食べることは生きる喜び』の中に、胃ろうを望まず病院を退院したおじいさんに対し、天道は知識と技術を総動員してスイカを食べられるまでに回復させるエピソードが出てきます。その場面で彼は「可能性がある限り、踏み込んでいけば人生は変わります。患者さんとご家族が望むのでしたら、僕らは絶対に諦めません」と力強く宣言するのです。
どうすれば、終末期の患者が幸せを感じながら残された時間を過ごすことができるのか、自立への支援と人間の尊厳を保つために日々奔走する医師たちの姿を、僕は天道の生き方に重ねていきました。
――漫画『はっぴーえんど』に込めた思いとは
人生はままならないものですが、何事も自分で選択しない限り道は開けません。それは、人生の終末期を迎えた時、どんな医療を受け、どこで誰と過ごしたいのかについても同じことが言えるでしょう。死は誰にでもいつか必ず訪れますが、普段から意識して暮らすことはなかなか難しい。けれども、死を“日常の一風景”と受けとめておくことができれば、自身や愛する人のその時が目前に迫っても、うろたえずに済むのではないかと思うのです。
今日を悔いなく生き、“はっぴーえんど”に命を終えるにはどうしたらよいのか。僕の漫画が、その問いへのヒントにでもなれたら、もう、これ以上の喜びはありません。
プロフィル
うおと・おさむ 1957年、北海道函館市生まれ。漫画家・村上もとか氏、星野之宣氏に師事。1985年、『忍者じゃじゃ丸くん』で漫画家デビュー。主な作品に『家栽の人』(原作・毛利甚八)、『ひよっこ料理人』『玄米せんせいの弁当箱』(脚本・北原雅紀)など。『人権』『食育』『命』をテーマにした漫画、児童書を制作。『はっぴーえんど』(全9巻/監修・大津秀一)は漫画誌『ビッグコミック』(小学館)連載時より、在宅医療と看取(みと)りの現場を初めて描いた漫画として読者をはじめ終末期医療、介護・ケア関係者から、共感や絶賛の声が多数寄せられた。現在、『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて『がんばりょんかぁ、マサコちゃん』(原作・宮﨑克)を連載中。
コミック紹介
『はっぴーえんど ―新型コロナ編―』魚戸おさむ 著/大津秀一 監修(全1巻/小学館)定価650円(税込)
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、人々の生活が急変。コロナ禍の中、在宅医療の現場では何が求められているのか。在宅医・天道陽は幾多の困難に遭いながらも、患者に向き合い続ける。
インタビューコーナー「閃言万語」
佼成新聞(紙面版)「閃言万語」に掲載されたインタビューを紹介します。
4月より、紙面版のインタビューコーナーのタイトルを、「言葉を尽くして言うこと」との意味を持つ四字熟語の「千言万語」に「閃(ひらめ)く」という漢字を重ねた「閃言万語」に改めました。今後も多彩な社会事象をテーマに、読者の日常生活でさまざまな気づきにつながるインタビューを掲載していきます。