【七宝焼職人・田村有紀さん】伝統工芸を再興させるために

先達が積み上げた伝統を未来へ

――作品を手に取った方々の反応は?

実際、各地の百貨店などでの催事やオンラインショップを通じて七宝焼に触れた方から、「七宝焼のことを知らなかったけど、こんなにきれいだと思わなかった」「一生の宝にします」「心のこもったものを身につけられるのは、とてもうれしい」といった声を聞きました。そんなにも感動して頂けるのかと、驚きとともに、喜びが込み上げてきました。

伝統工芸は敷居が高いというイメージがあります。だからといって、値段を下げればいい、安ければ売れるというものでもありません。先達が積み上げた伝統や技術を守り、継承しつつ、今の時代に合った提案をしていくことが、七宝焼を世に広めるためには必要だと考えています。

最近では、ペアアクセサリーをはじめ、表札や玄関の門の装飾、ふすまの引き手など多種多様なオーダーを頂くようになりました。本当に一歩ずつですが、七宝焼の認知度は上がってきているかなと感じています。

――今後に向けての抱負は

七宝焼を取り巻く現状の厳しさに、ベテランの職人たちは「俺の代で終わりだ」と肩を落としています。そんな中でも私が七宝焼の伝統を継ぎ、一人でも多くの人に七宝焼の魅力を知ってもらおうと取り組んでいる姿を見て、少し元気を取り戻し、「頑張れ」「有名になって」と応援してくれるようになりました。

七宝焼がここまで続いてきたということは、魅力があるからです。近年では、安いものを短いサイクルで買い換えるといった価値観が広がっていますが、人々が感じる、美しい、かわいい、格好いいといった感性は、きっといつの時代でも変わりません。身につけてうれしい、テンションが上がって元気が出るなど、これまで以上に皆さんの人生が明るくなる作品を作りたいと思います。

七宝焼の産業自体が盛り上がり、後継者を育てられるような環境を整えないと、これからも衰退していくことに変わりありません。長年続いたこの七宝焼をなんとしても未来に残す。ベテランの職人さんが残っている今、この思いを強く持って、なりわいとして成り立つ体制を確立できるように努力していきます。

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プロフィル

たむら・ゆうき 1986年、愛知・七宝町生まれ。武蔵野美術大学に在学中、「太田ゆうき」名で歌手デビュー。2015年から「田村七宝工芸」の田村有紀として、七宝焼の制作を本格的に始める。現在、既存の花瓶や額などの作品を制作しつつ、七宝焼の魅力を多くの人に知ってもらい伝統工芸の再興を目指すべく、七宝ジュエリーブランド「SHIPPO JEWELRY‐TAMURA YUUKI‐」を起こした。