バチカンから見た世界(174)文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

先代のニューヨーク大司教だったティモシー・ドーラン枢機卿は、トランプ派と保守派の共和党議員たちと親交があった。教皇レオ14世は2月11日、米国ニューオーリンズ大司教区で補佐大司教を務めていた、ジェームス・チェッキオ大司教を教区長に任命した。チェッキオ大司教は、教皇フランシスコによって司教に、現教皇によって大司教に昇格され、ローマの北米神学校の校長も務め、英語とイタリア語、スペイン語を話す。フランシスコ、そしてレオ14世路線の流れをくむ、ニューオーリンズ新大司教なのだ。

富豪の政治家、強権、独裁政権が自国の支配圏を確立するために、世界秩序や国際法といった「地球の箍(たが)」を外そうと試みる世界に対して、教皇レオ14世は、キリスト教の教えの中核である「平和神学」を説く。教皇は1月10日、アッシジの聖フランシスコ逝去800周年の機会に、フランシスコ系諸修道会の総長会議に親書を送り、その中で「主なる神は、私たちが“主なる神があなたに平和を与えてくださいますように”とあいさつすることを、私に啓示された」との聖者の言葉を引用しながら、「神がくださる全ての善の最高峰であり、天からの恵みとしてくださる平和」が、フランシスコ修道会会士や全ての信仰者の内的な驚き(改革)をもたらす福音のメッセージであると指摘した。

従って、人間の力だけで平和を構築しようとすることは、「幻覚」なのだ。しかしながら、その神からの贈り物である平和は、能動的なものであり、毎日、受け入れ、生きていかなければならないと戒める。教皇レオ14世の説く「平和の神学」は、「世界平和を人間の救い(神の王国の到来)へ向けた絶え間ない努力のプロセス」として受け取る。

エルサレムにある「最後の晩餐(ばんさん)の間」で、キリストの十字架上での死に落胆、狼狽(ろうばい)する弟子たちに、「復活したキリストが呼びかけた平和」、そして、人類の救世主なるキリストの生誕時に、「神の栄光が、より高く天に昇り、地上では神が愛される人々に平和がありますように」とうたった天使に言及する教皇は、終わりが無いように見受けられる戦争と、心の中や社会における分断が不信感と恐怖を生みだすような現代世界にあっても、「神は私たちに、語りかけられている」との注意を促す。それは、キリストが「平和の技術的(政治的)な解決策を与えるからではなく、彼の生涯が権威ある平和の源泉について教えている」からだ。

しかし、聖フランシスコが説いた平和は、人間関係に限定されることはなく、「被造界(宇宙)全体をも抱擁していく」と説く。「自然賛歌」の中で、太陽を兄弟、月を姉妹と呼んだ聖フランシスコは、各々(おのおの)の被造物の中に「神による創造の業(わざ)の美しさの反映」を見て、「平和が被造家族全体に及んでいかなければならない」ことを、私たちに思い起こさせているのだ。

この聖フランシスコの洞察が、私たちに共通の家である地球が脅威に落とされ、搾取の下であえいでいる現代世界にあって、より緊急なるアピールとして響くからだ。「神との平和、人間間での平和、創造との平和が、切り離すことのできない側面として結び付けられ、(宇宙における)普遍的な和解へ向けての道を示している」のだ。

だが、「パリ協定」(気候変動に関する国際的枠組み)から離脱したトランプ大統領は2月12日、温室効果ガスが有害であるとの科学的判断を下した、オバマ政権時代の「危険性認定」を正式に撤回すると公表した。

また、トランプ大統領は首都ワシントンDCで19日、パレスチナ自治区ガザの暫定統治を管理する「平和評議会」の初会合を開くと公表しているが、その2日前の17日、バチカン国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿は「バチカンは参加しない」と公表した。ガザ問題に解決を与えようとしていることは重要だと評価する国務長官だが、評議会そのものに関しての「困惑させる側面や危機的(critical)な要素があり、説明されなければならない」と指摘。「こうした国際レベルでの危機状況への対処は、国連に委任されるべきではないのか」との憂慮を表明した。

バチカン報道関係者たちから「ウクライナ戦争」についての質問も受けたパロリン枢機卿は、「4年間にわたる戦争の末、双方の間での和平に関して真の進展のない現状」に憂慮を表しながら、種々の和平イニシアチブに関して「そんなに希望も期待も持てない」との「悲観的」な見解を明らかにした。