「バチカンから見た世界」(165)文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

しかしながら、ネタニヤフ首相の「人質解放のための軍事的圧力は必要条件だ」「ハマスに軍事的打撃を与えることと人質の解放を目指すことは矛盾しない」といった主張が、イスラエル国民を分断させ、人質の家族を中心とした世論からの抗議の標的となっている。

ネタニヤフ首相は21日、首相府直轄の機関であるイスラエル公安庁(総保安庁)のロネン・バル長官を解任した。同庁が2週間前の4日に公表したレポートで、「ハマスの武装強化を黙認していたネタニヤフ首相が、2023年10月7日のハマスによる奇襲テロについて軍部から数時間前に報告を受けていながら対処を怠り、その証拠を隠蔽(いんぺい)しようとした」と糾弾されたためだ。さらに同レポートでは、ハマスとの停戦が論議されていた時、ネタニヤフ首相が「ハマスが人質の家族を操って、イスラエルが妥協(停戦)するように圧力をかけている」との偽造文書を配布し、停戦を拒否する工作を行った、とも明かされた。

ネタニヤフ首相によるバル長官の解任は、イスラエルの人々の眼に、自国の防衛、安定や人質の解放ではなく、自政権の失態から注意を逸(そ)らすことによって延命を図る行為として映り、大規模な抗議運動を誘発した。同首相がガザでの軍事作戦を再開してからは、その運動に人質の家族が参加するようになった。

また、イスラエル閣僚会議は23日、イスラエルのガリ・ミハラブ・ミアラ検事総長(司法長官)に対する不信任動議を採択した。この更迭も、種々の汚職を司法権から追及されているネタニヤフ首相の政権延命策の一環として受け取られた。さらに、イスラエル議会は27日、裁判官任命委員会に対する政治コントロールを強化する司法改革法案を可決した。内敵を次々と解任、更迭していくネタニヤフ政権を前に、世論は「民主主義の崩壊」や「独裁政権への移行」を懸念し始めている。

イスラエル議会は25日、大幅に遅れていた2025年度の予算案を可決した。3月末までに可決されなければ、国会は解散され、総選挙へと突入していくことになっていたが、ネタニヤフ政権は、同政権に対する抗議運動の中での総選挙を回避できた。これは、今年の1月にハマスとの停戦に合意したネタニヤフ首相を非難し、連立与党を離脱した極右政党「ユダヤの力」が、同首相による「ガザでの軍事作戦の再開」を歓迎して政権へ復帰し、予算案に賛成投票したからだ。ネタニヤフ政権の延命には、ガザ地区への大規模空爆の再開が必須条件となっていたのだ。

米国のトランプ政権から、中東和平と中東新秩序の構築に関して、白紙委任とも呼べる支持を受け、その追い風に乗って独走するネタニヤフ政権。同連立政権を構成するユダヤ教の極右政党は、ハマスを壊滅させるためのガザ地区における軍事作戦の継続を主張するのみならず、トランプ大統領のガザ地区に関する奇抜なプロジェクトをうのみにし、同地区からのパレスチナ人の大量移住(民族浄化)や同地の高級リゾート化に賛成している。彼らを支持するのは、ガザ地区へのユダヤ人の入植を主張し、パレスチナ自治領であるヨルダン川西岸地区でパレスチナ人に対する暴行に及び、東エルサレムではキリスト教徒をも攻撃する、ユダヤ教過激派入植者だ。

イスラエル警察は31日、ネタニヤフ首相の最高顧問ら2人を逮捕。検事総長は同日、首相をも召喚するように警察に要請した。容疑は「ハマスが拠点を置くカタールの政府が関与する資金の提供を受けた」というものだ。