バチカンから見た世界(161) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

3宗教間の融和なくして中東和平は実現できない(10)―中東における新秩序を求めて戦争するイスラエル―

パレスチナ領ガザ地区での戦火が、レバノンへと拡大している。イスラエル軍が9月28日、 レバノンのイスラーム・シーア派政治・武装組織ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララ師を空爆で殺害したと公表したからだ。ヒズボラと、同組織を支援するイランがイスラエルに対する報復を宣言したが、イスラエル軍は10月1日、レバノン南部を空爆するのみならず、国境地帯に戦車を集結させ、同国への限定的な地上作戦を開始したと発表した。

同日には、イランがナスララ師殺害への報復として、200発近くのミサイルをイスラエルに向けて発射し、イスラエル側は「イランに代償を払わせる」と宣言。ガザ地区での戦争が、中東全域を巻き込む「全面戦争」へとエスカレートしつつある。戦火を拡大させていくイスラエルのネタニヤフ政権は「長年にわたり、中東における勢力関係を変える機会」として現状を捉え、イラン、ハマス、ヒズボラ、イラクとシリアのシーア派イスラーム勢力、イエメンのフーシ派などを「悪の極」と決めつけ、攻撃している。

だが、イタリアの権威ある民間シンクタンク「ISPI」は、イスラエルがレバノンへ侵攻し中東に新しい秩序を強要しようとするなら、泥沼に足を踏み入れる可能性があり、無秩序へと陥落していく非常に高い危険性が生じると警鐘を鳴らした。

自国の防衛という大義名分を掲げて、中東に自国中心の秩序を打ち立てようと試みるネタニヤフ政権の政治・軍事政策について、ローマ教皇庁外国宣教事業部の国際通信社「フィデス」は10月2日、同政権がナスララ師殺害作戦を「新秩序作戦」と呼んで実行したと指摘した。また、「新秩序作戦」は、米ブッシュ政権が2001年に発生した米国同時多発テロから1カ月後に立てた、アフガニスタンへの侵攻以外に、7カ国(スーダン、ソマリア、リビア、レバノン、シリア、イラク、イラン)を5年間にわたって攻撃する国際テロ組織の掃討計画の延長線上にあるとのことだ。

イスラエル軍は、レバノンのヒズボラを「テロ組織」として攻撃する。だが、ヒズボラの最高指導者であったナスララ師は、レバノン国内のみならず、他のアラブ諸国でも人々の信頼を集めていた。

レバノンでカトリック教会の主流を占めるマロン派の最高指導者ベカラ・ブートロス・ライ枢機卿は9月29日、ベイルートでナスララ師とイスラエル軍による空爆で亡くなった人々の追悼ミサを挙行。説教の中で、「ナスララ師の殺害がレバノン国民の心に傷痕を残した」と悲しみ、「真理、正義、より弱き者の擁護の正当性を信じた、キリスト教、イスラーム指導者たちの絶え間ない殉教が、レバノン国民の間での一致、それも、流血の一致、国民性、運命を強めていく」と励ました。

また、殉教を選択したレバノンの信仰者たちが「政治ビジョンや選択に違いこそあれ、故国を愛するが故に、彼ら自身を犠牲にした殉教者への忠誠と誠実さを訴えている」と呼びかけた。