バチカンから見た世界(143) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

パレスチナ人は元々、彼らの領土であった地において、自由の内に生きる権利を有する。それにもかかわらず、パレスチナ人は1948年(イスラエルの建国)以来、全中東に散在する難民キャンプでの生活を余儀なくされている。パレスチナ人は数十年間にわたり、世代から世代へと引き継がれていく苦痛を持って生きてきたが、誰も彼らの苦痛に耳を傾けず、解決策を提供し得なかった。

ローマ教皇フランシスコは、中東紛争にまつわる、あらゆる問題解決の鍵として「2国家原則」を主張するが、誰もその原則に沿った解決策に耳を傾けず、パレスチナ人を支持してこなかった、とも嘆く。

パレスチナ人は、イスラエル軍のみならず、アラブ諸国をも含む多方面からの暴力に苦しんでいる。ユーフラテス川とナイル川の間にある歴史的空間に古代(ユダヤ)王国を再建するというプロジェクトを追求し、ヨルダン川西岸と地中海の間に(ユダヤ人以外の)他民族の存在を許さないと主張する者は、未来と歴史の地平からパレスチナ国家建国の可能性と、2国家共存という理想を排除しようと試みているのだ。もし、世界がこのプロジェクトを容認し、正当化するなら、不正義と希望の喪失が再確認されることになる。

ムラー大司教が懸念するのは、「シオン主義者」たちがイスラエルの建国はユダヤ教と民主主義の融合によって実現できると信じていたのに対して、イスラエル議会が国内総人口の2割を占めるアラブ系住民(パレスチナ人)を無視して、「イスラエルではユダヤ人のみが自決権を有する」と定めた(2018年)ことだ。イスラエルの右翼政権が、独立宣言に明記されている「宗教、人種、性別に関わらず、全ての国民が平等な社会的、政治的権利を有する」との条項を否定して、2国家原則による解決策とは反対方向へ動き始めた、最初の兆候であった。

シリアでの長年にわたる戦争が生み出す「地獄」を眼前にするムラー大司教は、「世界の政権担当者たちが、何処(いずこ)に行こうとしているのか」と問う。その答えには、現在の戦争のみならず、10年、20年、50年後に勃発するであろう戦争の可能性もかかってくる。