バチカンから見た世界(111) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
世界的な規模で進行している危機的な状況に対し、スポーツを通じて社会、国家、共同体の結束を図ることを「理想論」と言う人もいるかもしれない。しかし、持続可能な世界を守っていくために、その理想論が人類にとっての「必須条件」となったところに世界史の転換点があり、それを東京オリンピックのレガシーとするようIOCは試みたのだ。これは、オリンピックの精神、創設の原点に回帰するものでもあった。
イタリアでは、それを象徴する出来事があった。今大会、イタリアが獲得したメダルは金10個、銀10個、銅20個と、過去最高を記録した。国民は選手の活躍に沸き、共に喜びを分かち合ったのだ。8月1日には、陸上男子100メートルの決勝でラモントマルチェル・ヤコブス選手(26)が優勝し、男子走り高跳びのジャンマルコ・タンベリ選手(29)も金メダルに輝いた。両選手は競技場で抱き合って喜び、その映像が国営テレビ(RAI)でライブ中継された。同国の選手が、男子100メートルの決勝に進出したのは初めてで、金メダルの獲得は快挙だった。
また、男子走り高跳びでカタールのムタズエサ・バルシム(30)とタンベリの2選手が、大会側と協議して共に優勝し、「友愛の金メダル」を分かち合ったことにも国民は感動した。タンベリ選手は、前回のオリンピック前に足を負傷し、その時に使用していたギプスに「東京オリンピックへの道」と記して日本にも持参していたという。今大会に懸ける彼の思いを国民は知っていたのだ。
ヤコブス選手とタンベリ選手が競技に臨んでいた時、同国の議会下院では重要な司法改革法案に関する審議が行われていた。しかし、両選手の金メダル獲得というしらせがある議員によって伝えられると、別の党の議員が立って拍手し始め、その後に与野党の全議員が起立して喜び、両選手を活躍をたたえた。審議は一時中断され、スマートフォンで両選手の映像を見ることが許された。
優勝直後のヤコブス選手へのインタビュー映像では、「ドラギ首相から電話が入っています」という声が聞こえ、二人が会話する様子も放映された。首相は、「選手たちを誇りに思っている。あなたたちの活躍を応援している」と伝えたという。国会で議員が総立ちとなり、首相が選手に電話をする――それは、同国の政界と国民が、スポーツを通じた市民社会の結束の重要性を認知しているからだ。
同国では政府と国民が一体となり、今年9月までに国民のワクチン接種率(2回目)を80%に引き上げ、集団免疫を成立させるという目標を掲げている。また、欧州連合(EU)からの多大な資金援助を受け、コロナ禍収束後の経済と社会を再建するプロジェクト(リカバリー・プラン)に挑戦している。その実現には、国民間の一致が「必須条件」となるだろう。
イタリアでは、「東京オリンピックのレガシー」が生きている。