バチカンから見た世界(9) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

イスラームの社会に大きな変革をもたらすか――アズハルでの国際会議

ローマ教皇フランシスコはこのほど、ドイツの週刊誌「ディー・ザイト」のインタビューに応じ、その中で「エジプトへの“研修旅行”を検討している」との意向を明かした。エジプト訪問を「研修旅行」と呼ぶ教皇の念頭には、カイロにあるイスラーム・スンニ派最高権威機関「アズハル」への訪問があることは確かだ。アズハルのアハメド・タイエブ総長も昨年10月、世界教会協議会(WCC、本部・ジュネーブ)で行ったスピーチの中で、「来年、エジプトでローマ教皇フランシスコの臨席を得、平和会議を開催したい」との意向を表明していた。

アズハルは、イスラーム、アラブ圏での宗教や思想などに関する改革に向けて、主導的な立場にある。そのアズハルで2月28日、3月1日に、『自由と市民の権利――多様性と相互補完』と題する国際会議が行われ、アラブ・イスラーム圏の60カ国から260人のイスラームとキリスト教の指導者をはじめ、学術研究者や政治家が参加した。会議の中心課題は、イスラームとキリスト教、そして、イスラーム諸宗派(特にスンニ派とシーア派)間の関係をどのようにより良いものにしていくかにあった。

昨年1月には、モロッコ・マラケシュ市内のホテルで、同国のワクフ(宗教寄進制度)・イスラーム省とアラブ首長国連邦(UAE)に本部を置く「イスラーム平和促進フォーラム」の共催による『ムスリム多数派コミュニティーにおける宗教的少数派の人権――法的枠組みと行動への呼びかけ』と題する国際会議が開催された。席上、採択された「マラケシュ宣言」では、「イスラームを主流とする国々における少数派宗教の擁護」が打ち出された。今回のアズハルでの国際会議では、少数派の宗教を信仰する人々の権利を尊重する姿勢が一層強く示され、タイエブ総長が発した「全ての市民は同等の権利を有し、キリスト教徒は少数派として考えられるべきではない。少数派という概念には、差別的な要素が含まれているからだ」との言葉が議論の出発点になった。「主流派」対「少数派」といった相対的な枠を外し、全ての信仰者が同等の権利を有する一国家の“市民”であるという確信を出発点としたところに、これまでの考えに変化をもたらすアズハルの「歴史的な貢献」があると欧州では見られている。

政教一致や神権政治の傾向が強いとされるイスラーム・アラブ圏で、スンニ派の最高権威機関が、他のさまざまな宗教の信徒を「全ての市民の権利は同等」と示したことは大きな意味がある。主流派宗教が少数派宗教を擁護するのではなく、主流派も少数派も含めて、あらゆる宗教の信徒が市民として、実際的に同等の権利を有して国家と社会の形成に共に貢献していく――ダイナミックな思想の変革がもたらされるのではないかというのが欧州での見方だ。

「マラケシュ宣言」、また今回採択された「アズハル宣言」はともに、預言者ムハンマドが当時のユダヤ教、キリスト教共同体と結んだ「メディーナ憲章」を基盤にしている。特にアズハル宣言では、「市民権の概念がイスラームに深く根を張っている」と主張しながら、メディーナ憲章を「宗教、人種、社会各層からなる多様性を基盤にした政治の実行」「完全で同等な市民の権利を保障した実践的な多様性の実現」の二つを可能にするものと定義している。

昨年1月にマラケシュで行われた『ムスリム多数派コミュニティーにおける宗教的少数派の人権――法的枠組みと行動への呼びかけ』と題する国際会議(立正佼成会ウェブサイト)
http://www.kosei-kai.or.jp/news/2016/01/post_358.html