バチカンから見た世界(99) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

新型コロナウイルスへの対応 教皇の国連演説

9月2日に米国ニューヨークの国連本部で、国連総会の一般討論演説が始まった。今年の総会は、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために、史上初めて各国首脳が出席せず、事前に収録した演説のビデオを流す形式で開催された。ローマ教皇フランシスコのビデオ演説は、9月25日に流された。

教皇はこの中で、新型コロナウイルスがもたらした危機が「資源の不正な配分を基に貧富の差を拡大させている経済、保健、社会システムの再検討を迫り、われわれの生活形態を変えつつある」と語り、試練を迎えている今は、何が重要で、何が必要であるのか、何がそうでないのかを判断する、「選択の時である」とスピーチを切り出した。教皇は、人類の眼前に「二つの可能な選択肢」があると言う。一つは、世界レベルでの共同責任を深く認識した「多国間主義の確立」、つまり「正義に基づく連帯と、人類家族における平和と一致の実現」だ。この選択肢が、「われわれの世界に関する神のプロジェクト」と主張する。そして、もう一つの選択肢とは、「利己的な態度、国粋主義、保護主義、個人主義、孤立」であり、「貧しい人々、より傷つきやすい人々、僻地(へきち)・周縁に暮らす人々を排除する」道であると示した。

75年前の国連創設の基盤であった多国間主義を選択するのか、あるいは、「自国第一主義」を掲げ、多国間主義を否定するだけでなく、常に自国や世界の“敵”を想定し、その敵を政治的圧力、軍事力、経済制裁によって屈服させ、その勇ましさを有権者に見せつけて選挙に勝つことを目標とする「ポピュリスト」のアプローチを選択するのか。言い換えれば、人類を“一つの家族”と見て「一致」に向けた動きを支援していくのか、世界を分断する政治イデオロギーを支持するのか、の選択なのだ。

国連総会の開会スピーチにおいてアントニオ・グテーレス事務総長は、「私たち(国連)は、危険な方向へ歩んでいる。私たちの世界は、それぞれが独自の通商や金融規則を有する二つ(米国と中国)の巨大経済によって地球を分断するような世界を容認することはできない」と発言。戦後75年にわたって世界秩序を支えてきた多国間主義が危機に陥っている現状に対し、警鐘を鳴らした。

だが、国連総会初日の一般演説においては、ブラジルのボルソナロ大統領、米国のトランプ大統領、ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領、中国の習近平国家主席といった、世界のポピュリズムや強権政治の指導者たちのビデオ演説が流された。特に、トランプ大統領は、11回も中国を名指しし、「中国ウイルス」を世界に蔓延(まんえん)させた「責任」と、「中国の支配下にある」として世界保健機関(WHO)を非難した。グテーレス事務総長の憂慮したことが、そのまま現実となった形だ。

さらに、トランプ政権は、中国との敵対関係の矛先を、バチカンにも向けている。バチカンは一昨年9月22日、中国政府と「司教の任命権(教皇に属するか、政府に属するか)に関する暫定合意」を成立させ、署名から1カ月後に効力を発揮した。暫定合意の内容に関しては、一切公表されていない。この暫定合意の期限は今年10月22日までで、双方がいまだ「実験段階」であるとして、さらに2年間延長していく意向を表明していた。ところが、ポンペオ米国務長官は、米国の保守派カトリック雑誌「First Things」や自身のツイッターのアカウントを通して、バチカンに中国との暫定合意を更新しないようにと介入してきた。「中国共産党による信仰者たちに対する乱用は悪化するばかりで、バチカンは、暫定合意を更新することによって、自身の道徳的権威を失墜させる」との理由からだった。