バチカンから見た世界(97) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
トルコのエルドアン大統領は8月21日、国内最大都市イスタンブールの旧市街にあるカーリエ博物館をモスク(イスラームの礼拝所)に変更する大統領令を公布した。カーリエ博物館は、11世紀に正教会修道院の付属教会堂として建立されたが、オスマン帝国の占領後にモスクに改変され、トルコ共和国成立後の1945年に博物館となった。教会内部には、ビザンチン美術の最高傑作と評価されるモザイクやフレスコ画があり、世界遺産にも登録されている。今回の「モスク化」は、イスタンブールにある歴史的建造物「アヤソフィア」に対して行われた変更に続くもので、前回と同様に国際的な非難が高まるとみられている。
イスラームを全面に打ち出した政策を強硬に進めるエルドアン政権。一方、トルコと同じくイスラーム・スンニ派を信仰する人が最も多いエジプトでは、シーシ大統領の政治は、トルコと同様に強権的と批判を受けており、リビアや東地中海でトルコと軍事的に対立しているものの、宗教に関する政策については対照的な路線を取っている。シーシ大統領は7月12日の閣議で、シナイ半島にある聖カタリナ修道院地域の整備工事を迅速に進め、巡礼者たちが容易に立ち寄れるようにと命じた
聖カタリナ修道院は、『旧約聖書』の「出エジプト記」の中でモーゼが炎となって現れた神と出会い、十戒を授けられたとされる場所に、キリスト教に改宗したローマ帝国のコンスタンティヌス帝の母堂である聖エレナが西暦382年に建立を命じたとされる小さな礼拝堂を起源とする。7世紀には預言者ムハンマドが亡命し、数多くの直筆の古文書を残した修道院としてイスラーム教徒たちの礼拝の場ともなった。ビザンチンの建築様式で、イコン(聖画)が多く、バチカン図書館に次ぐ膨大な古文書を保存する同修道院は、キリスト教のみならず、ユダヤ教とイスラームにとっての聖地でもあり、2002年に世界遺産に登録された。現在も機能しているキリスト教の修道院としては世界最古の歴史を有する。
同修道院では今、約20人のギリシャ正教の修道士たちが生活しており、ダミアノス大主教(シナイ正教会首座)は、シーシ大統領の配慮に謝意を表明した。エジプトでは、グランド・ムフティ(最高権威のイスラーム法学者)であるシャウキ・アッラム師が「イスラーム法は、キリスト教の教会建築のためにイスラーム教徒の持つ資金を投入することを禁じることはない」と公言しており、首都カイロの郊外ではキリスト教の教会とモスクを同じ敷地内に建設するプロジェクトが推進されている。宗教の違いを超えて、国家の一致を促進していくためだ。キリスト教文明に対して挑戦的な態度を誇示するトルコと、昨年2月に教皇とイスラーム・スンニ派最高権威機関「アズハル」(カイロ)のアハメド・タイエブ総長が署名した「人類の友愛に関する文書」の精神を促進しているエジプトが、東地中海において衝突しようとしている。