バチカンから見た世界(90) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

イランのアーヤトッラーが教皇に親書 新型肺炎の世界的流行は人類友愛の時

イラン・コムにある国際大学「アルムスタファ」の学長であるアリレツァ・アラフィ師(アーヤトッラー=イスラーム・シーア派の高位指導者)はこのほど、ローマ教皇フランシスコに宛て親書を送った。新型コロナウイルスが世界に蔓延(まんえん)している状況にあって、「啓示宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム)の共同体は人類に奉仕していかなければならない」とのメッセージを寄せたものだ。

カトリック教会の諸機関との協力と交流を

アルムスタファ国際大学は、イラン国内のみならず、各国から5万人を超える学生を受け入れるシーア派の最高権威機関であり、スンニ派最高権威機関「アズハル」(エジプト・カイロ)に匹敵する。

親書を通じてアラフィ師は、「世界的な医療危機という状況に対する教皇の深慮」に謝意を表明。「人類に奉仕していくため、天来(啓示)宗教の共同体の創設に向けてカトリック教会の諸機関との協力と交流を緊密化していきたい」との意志を明らかにしている。また、同ウイルスの感染拡大という逆境、それに伴って世界で生じている苦によって、イスラームの法学者や宗教指導者は行動を求められており、「コムをはじめイラン全土で亡くなった人々と、感染した人々の治癒のために神の慈悲を乞うことが願われている」と明示。「啓示宗教の論理に従えば、自然災害は人類に対する警鐘であり、“自身の起源”と“蘇(よみがえ)りの可能性”についての考察を深めていく時である」との見解を表し、同ウイルスに対処していく「正しいアプローチは、科学と宗教との虚(むな)しい対立を避け、指導者同士の協力を含め、人々の社会的結束を促進していくことである」と伝えている。その上で示されたのは、世界的危機における「宗教指導者と神学者の役割」とは、「自身の信仰の基盤を強固なものにし、社会を守り、祈りと神に対する嘆願の声を上げていくこと」であり、「非人間的な制裁、戦争、テロ、大量破壊兵器の生産といった緊急を要する現代の諸問題に共に挑戦していくこと」であるとの考えだ。

ローマ国立大学「サピエンツァ」でイスラーム神学を教えるシャルザド・ホシュマンド教授は、シーア派の法学者たちの声を代弁したアラフィ師のローマ教皇に宛てた親書についてコメントを寄せた。この中でホシュマンド教授は、昨年2月にアラブ首長国連邦(UAE)アブダビで教皇とアズハルのアハメド・タイエブ総長が署名した「人類の友愛に関する文書」と同じように、「友愛という関係の下で、私たちが出会うように誘(いざな)うもの」と語っている。

また、ホシュマンド教授は、アラフィ師の親書には聖典『クルアーン(コーラン)』から、「かれらの秘密の会議の多くは、無益なことである。ただし施しや善行を勧め、あるいは人びとの間を執り成すのは別である。アッラーの御喜びを求めてこれを行う者には、われはやがて、偉大な報奨を与えるであろう」(第4章114節)という一節が引用されていることに注目。「こうした宗教性に基づく奉仕、平和、愛徳の構築に向けて実践していくこと」がアラフィ師の親書の中核であるが、同師よりも前に、イランのアーヤトッラーであるモハゲグ・ダマド師も教皇に親書を送っており、「こうした歴史的に困難な時に、全ての人類が一つの家族としての相互性を認識し、世界的な連帯を図るという共通善(公共の利益)を柱に結束し、啓示宗教がこの連帯と普遍的な友愛を証していなければならないと訴えていた」と指摘する。

ローマ大学でイスラーム神学を教える女性博士も、イスラームの聖典がキリストを「メシア」(救世主)として認め、聖母マリアの記述していること(『クルアーン』第4章158節)に触れ、「こうした聖典の記述を、両宗教に共通の価値であり、共通の祖師を有するという視点から解釈し、人類に奉仕するための共通の宗教性であるとして、共に実行に移していかなければならない」と呼び掛ける。

アラフィ師の親書では、「共通善を目的とし、そのためにあらゆる分裂の要因を排除するように」と政権担当者たちに訴えているが、この観点からホシュマンド教授は、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が提案している「新型肺炎の世界的な蔓延という状況での、あらゆる戦争と紛争の停戦」は実行されるべきものと主張。「諸宗教は人間社会に善をもたらすために生まれ、啓示されたということを忘れてはならず、アラフィ師の要請は、共通の価値観、神によって啓示された価値観、人間的・霊的価値観を基盤とした出会いを最終目標としている」と説明した。

バチカンのサンピエトロ広場では日頃、世界中から訪れた信徒で埋め尽くされた中で式典が行われる。しかし、3月27日はそうではなかった。教皇は、誰もいないサンピエトロ広場で新型コロナウイルスの終息を祈る式典を執り行った。そして、その祈りの式典は、「イタリアと世界のイスラーム共同体も共に祈らせる力を発揮した」とホシュマンド教授は言う。

4月13日、新型コロナウィルスの感染拡大によって久しく人がいなくなったサンピエトロ広場を祝福する教皇(写真=バチカンメディア提供)