バチカンから見た世界(85) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

教皇の訪日を前に(1)--貧者がキリスト教の予言のアイコン

ローマ教皇フランシスコの訪日が迫ってきた。教皇は日本の人々に、どのようなメッセージを伝えようと思っているのだろうか? アジアのカトリック司教会議連盟議長でヤンゴン大司教(ミャンマー)のチャールズ・ボー枢機卿は、2017年に教皇の受け入れに務めた体験を基に、次のように述べている。

「東洋の諸宗教に対する教皇の関心は、周知の通りだ。回勅『ラウダート・シ』を公布し、最近では、バチカンで『アマゾン地域のカトリック司教特別会議』(10月6日~27日)を開催する教皇は、生きとし生けるもの全てを神の臨在の証拠として受け取る、東洋の霊性伝統を称賛している」と。さらに、「気候変動と貧困という二つの問題が、世界を対話に向けて促すことが教皇の主要なテーマだ」とし、今回訪問するタイ、日本両国は、気候変動によって大きな影響を受けており、「教皇は、(アジアの)諸宗教伝統が人間存在の尊厳性と創造の保全を強く支持すると、常に信じている」という。「偉大な諸宗教と諸文明の“ゆりかご”であるアジアは、正義、それも経済、環境の分野における正義の預言者(教皇)を歓迎する」との見解だ。

ボー枢機卿が指摘する「預言者」とは、神の言葉を伝える「真理のメッセンジャー」のことを表す。現教皇は2013年、第266代の教皇に選出された時、ブラジル人のクラウディオ・フメス枢機卿から「貧者のことを忘れるな」と諭され、教皇就任を受諾した。だから、「清貧を自身の花嫁」と呼んだ、イタリア・アッシジの聖フランシスコから教皇名を取った。歴代教皇の中で、「フランシスコ」を名乗った教皇は誰もいなかった。

以来、教皇は世界とカトリック教会に向けて、「貧者の選択」が聖書の説く教えの根本であり、神の王国においては「末席者が最前列に座る」と一貫して訴えてきた。先のアマゾン地域の司教特別会議の閉会ミサを司式した教皇は、ミサの説教で「貧者の祈りが雲を突き抜けて(神へ)昇る」と強い口調で述べた。自分たちの生活の場である熱帯雨林に火が放たれ、アマゾン地域の発展・開発という美辞麗句の下で進められる国益や多国籍企業の利潤追求による被害や、犯罪組織による虐殺、追放という暴力にさらされている先住民と、破壊され続ける熱帯雨林の苦しみの叫び声が「貧者の祈り」であるのだ。貧者を生み出す、現代の国際政治や世界経済の歪(ひず)みは環境問題と密接に結び付いているというのが、教皇が説く包括的環境論(「ラウダート・シ」)だ。

「貧しさ」を神へ至る唯一の道と説き、自然の美のうちに神の創造の業(わざ)を垣間見た(「太陽の賛歌」)アッシジの聖フランシスコのメッセージの真髄を、「貧者の祈り」の中に要約している。教皇は、「自分が正しいと思い込んでいる者たちの祈りは、利己主義という重力のために地上に残るが、貧者の祈りは真っすぐに神へと至る」「神の民(教会)の信仰は、貧者を“天国の門番”として見るところに意義がある」と説く。「この世において支配者と考えられていなかった彼ら、自身を他者に優先させることのなかった彼ら、自身の富を神のうちにのみ見いだした彼らが、永遠の生命の扉を開けるか否かの判断を下す」というのが教皇の考えだ。