バチカンから見た世界(75) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
多国間主義の外交政策が危機に直面している原因として教皇は、さまざまな課題が放置され、効果的な解決策を提供できないでいる多国間主義を支える組織の能力不足や、長期的展望に立って共通善を忍耐強く追求するのではなく、選挙対策に特化して国民の支持を集め、派閥的な利益の追求に縛られる各国内政治の変貌を挙げる。また、「国際諸機関において、自国のビジョン、理念を押しつける特定の権力やグループが推し進める、新しい形態のイデオロギー的植民地主義の台頭」や「あまりにも急速かつ、無秩序に展開された世界のグローバル化への反作用として表れている、グローバル化と地域主義の間に起きている緊張」も多国間主義を危機に陥れているという。グローバル化によって全てが均一化、標準化され、国家や民族の特性が失われる時、「愛国主義が容易に台頭してくる」からだ。
こうしたグローバル化に伴う世界の状況は、ポピュリズム(大衆扇動主義)や愛国主義的傾向の台頭によって国際連盟の意義が失われた記憶を呼び覚ますとも語る。その上で教皇は、こうした「鼓動」が再び起こることによって、多国間主義を支える組織が徐々に弱体化し、その信頼が失われ、やがて国際政治を危機に陥れ、さらに各国では、社会的に弱い立場にある「より傷つきやすい人々を隅に追いやっている」と分析した。
世界では現在、ポピュリズム政党の台頭が懸念されている。その政治家たちは、不況や不安定な政情を取り上げて国民の不安をあおり、自国第一主義や愛国主義を掲げて閉鎖的な政策を示す一方、時間と忍耐を必要とする多国間主義の外交を無視して、政治的、軍事的圧力や経済制裁をちらつかせての二国間交渉を好む。人類の歴史から学び、長期的展望に立つ政策を実行していたのでは、次期選挙に勝利することができないとの判断からだ。そうして、政権の座についた政党も見られる。
ポピュリズム政権を「ヒトラーの政権」にたとえる教皇は、カトリック教会史の専門家であるジャコモ・マルティーナ神父(イエズス会士)の言葉を引用しながら、現在の世界の状況を憂い、次のようにコメントしている。「歴史は確かに人生の教師だが、極めて数の少ない生徒しか持たない」と。
教皇はこれまで、世界各地ですでに「断片的な形で第三次世界大戦が進行している」との認識を表してきた。今年の外交団へのスピーチは、欧米や南米でポピュリズム政権が台頭していることを念頭に置きながら、二度にわたる過去の世界大戦で見られた状況がまたもや起こり、第三次世界大戦へ突入しつつあるとの危機感を表明したものだったと言える。
米国のトランプ政権は同じ1月17日、宇宙をも軍事化する意向を表明した。歴史に学べるか――世界は正念場を迎えている。