バチカンから見た世界(56) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

カトリック教会には、EUの政策や立法をカトリック教会の社会理念という観点から吟味する目的で創設された、「欧州カトリック司教会議委員会」(COMECE)がある。最近、委員長の任を降りたラインハルト・マルクス枢機卿(ミュンヘン大司教)は、ポピュリズムの台頭、英国のEU離脱、大量の移民・難民の流入という状況などに対して委員会を6年にわたって指導してきた経験を踏まえ、「ポピュリズムは欧州大陸全域の問題であり、その台頭の根は経済・金融危機にある」と分析する。だから、「EUは、全ての欧州市民の日常生活を向上させる機会と動機を有する代表でなければならない」のだ。これは、官僚化したEU本部に対する警告としても受け取れる発言である。

また、大量に押し寄せる移民・難民の問題に関しては、「移民・難民問題で選挙に勝つことができるのは、この問題を通して政治を単純化できるからだ」と指摘。「ここ10年間、移民・難民問題がよりネガティブな問題、憎悪に満ちた話として語られ、虚偽の情報を基盤として討論されてきた」とも述べる。つまり、移民が大量に発生する背景には、政治や経済、気候変動など世界全体に関わる状況が絡み合っているにもかかわらず、「複雑な問題を無理に単純化させて、争点を一つにするためのスケープゴートとして使われた」というのだ。

ポピュリズムが台頭する欧州社会におけるカトリック教会の役割は、「われわれの生活と共生の基盤」を示し、「神の似姿として創造された、移民をも含めて、全ての人間の平等性と尊厳性を広く伝えていくことにある」と強調する。さらに、移民に対する欧州市民の“恐怖心”についてマルクス枢機卿は、「人々を分裂させるために、悪魔によってもたらされた感情」との見解を示した。その上で、「欧州において人々を結び付け、互いの違いを認めながら共生していくことが可能であるとの証しを示していく使命がカトリック教会にはある」と明言。「排外的で、自らの国が他国よりも優越する」といった自国至上主義に対しても、否定的な見解を述べている。

カトリック司教会議委員会と同じように、EUとの対話を推進する組織として、プロテスタント、英国国教会(聖公会)、正教を中心に構成される「欧州教会会議」(KEK、115教会)がある。事務局長を務めるヘイッキ・フッツネン司祭は、「キリスト教徒にできる最も大きな証しは、自身の住む地域で(共生に向けて)挑戦していくことだ」という。欧州大陸の各地で、「自身の家や教会の門戸を移民に開放した信徒たち、声なき人々の声を代弁した人たち、職のない人や貧しい人、孤独な人に具体的な援助の手を差し伸べた人たちがもたらした彼らの証しを、欧州の世論にどのように伝えていくかの考察が重要」との意見だ。

この視点から、フッツネン神父は「特に、苦しむ人類家族への奉仕」を訴える。そして、正教の司祭ながらも、厳しい状況下にある人々のために「外に出ていく教会」を唱えるローマ教皇フランシスコの提唱と教会の行動を、ポピュリズムに対する“解毒剤”として挙げている。