バチカンから見た世界(38) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)

世界に吹く核の逆風と教皇、そして、日本

イタリアの日刊紙やメディアに情報を配信する「ANSA」通信は10月12日、米テレビ局「NBC」が流したニュースを引用しながら、「7月の軍事サミット会議(国防総省での安全保障会議)で、トランプ大統領が核兵器の数を(現在の)10倍に増やしたい」と発言したと報じた。

その報道によれば、1960年代末の米国は、3万2000発の核兵器を保有していたが、この50年間、米国の核軍事力は縮小されてきたため、「その保有量を1960年代のものにまで戻したい」との意向を示したというのだ。これに対し、会議に出席していたティラーソン国務長官は、かなり強い口調で大統領の発言を非難したという。米国科学者連盟によると、現在の米国の核兵器保有量は、約4000発と推計されている。

一方、トランプ大統領は、NBCのニュースを“フェイクニュース”(虚偽のニュース)であると否定し、「核兵器を増やす必要はない。米国の核兵器の能力を近代化し、トップの状態にすると提案しただけだ」と反論した。さらに、トランプ大統領は翌13日、ホワイトハウスで演説し、イランが核開発を制限する見返りに経済制裁を解除するという、2015年にイランと、国連安保理常任理事国にドイツ(P5+1)を加えた6カ国との間で結ばれた核合意について、イランが合意を守っていないとして「認めない」方針を明らかにした。

トランプ大統領は、その理由として、イランの核兵器開発につながる道を封じ、弾道ミサイルと他の最先端技術を駆使したアシンメトリック兵器の開発への道を絶つとともに、中東における不安定要素となっているイランの影響力を排除し、特に過激派組織の暴力やその戦闘員への支援を阻止することを挙げた。大統領にとって、イランはあくまでも「悪の極み」なのだ。

核合意の枠組みは維持するが、合意の改定と経済制裁の再発動に関し、米議会や同盟国との協議で解決できなければ「合意を破棄する」とも宣言した。だが、ティラーソン国務長官は、「私たちの意図は核合意にとどまることだ」と反論。マティス国防長官も「合意を維持すべき」との見解を明らかにした。また、議会での審議の際、与党である共和党の判断が割れるとも予測され、大統領の主張が通るかどうかは不透明だ。

イランと核合意を結んだ、米国を除く5カ国も、核合意の改定や合意の破棄につながる経済制裁の再発動に反対しており、トランプ大統領の孤立が鮮明となった。同大統領の発言を支持したのは、イスラエルとサウジアラビアをはじめとしたイスラーム・スンニ派の中東湾岸諸国だけだった。米国のカトリック司教会議はこれに先立つ10月3日、北朝鮮との核開発に対して交渉力を弱めることになるため、イランとの核合意にとどまるよう記した親書を、ティラーソン国務長官に宛て送付していた。

トランプ大統領がイランを「中東の不安定要素」として非難する背景には、イスラエルを擁護するとともに、サウジアラビアを中心とするスンニ派湾岸諸国が中東を主導して米国のパートナーであり続けてほしいとの思惑があるとされる。同時に、イラクやシリアでは、イスラーム・シーア派政権が「イスラーム国(IS)」を名のる過激派組織の掃討に成功しつつあり、政権を支援するイランが、中東での影響力を増していることへの警戒感がある。

一方、世界の核兵器に関して、日本政府は毎年、国連総会に「核廃絶決議案」を提出している。しかし、同14日付の朝日新聞によると、今年の決議案は、共同提案国に核保有国の米国と英国が含まれており、「今年の決議案は核保有国に対して核軍縮を求める表現を弱めた上で、今年のノーベル平和賞授与理由となった核兵器禁止条約に触れていない」と報じた。米国の「核の傘」の下にあるとはいえ、唯一の被爆国として世界に向けて証すべき人道上の道徳的責任が弱まってしまった感は否めない。

ローマ教皇フランシスコは、核兵器禁止条約の交渉会議に宛てたメッセージの中で、「われわれは、核の抑止力を超えなければならない。国際社会は、平和と安定という目的を促進していくための、(遠き)前方を見つめた戦略を採択し、国家ならびに国際レベルでの安全保障にまつわる諸問題に関して、近視眼的なアプローチを取らないように促されている」と述べた。核戦争となれば、核の傘など、あって無きに等しい。平和憲法を持つ日本の政府に発信してほしかった――ローマ教皇のアピールだった。