栄福の時代を目指して(15) 文・小林正弥(千葉大学大学院教授)

画・国井 節
国難の昂進:外交失態による国際的孤立
前回に書いた「国難」はますます昂進(こうしん)している。高市早苗首相は、大失言について撤回や謝罪を拒んでいるので、中国の態度はさらに硬化した。国際会議で日本を非難するとともに、大規模演習を行って日本を威圧した。その際に、空母から発艦した自衛隊機に中国軍機がレーダー照射を行ったと日本側は発表して非難の応酬となった。
日本側は当初、演習について事前に通告がなかったとしていたが、その後、中国側は交信記録を公開した。それに対して、小泉進次郎防衛相が、実際には通告があったことを認め、演習の具体的な説明はなかったと発表した。日本側がこの点を欠落させて中国を非難したことは明白だ。この件は日本の国際的信頼を失墜させる点で、責任は重大であり、小泉防衛相の大臣としての資質が疑われる。
さらに、中国側が、レアアースの輸出許可手続きを遅らせていると報じられている。より事態が進展すると、レアアースの禁輸という対日制裁の発動が予想される。すでに渡航自粛措置によって経済的なダメージが生まれているが、これは、日本経済に大ダメージを与える。
のみならず、高市首相は竹島問題に対して「我が国固有の領土」と発言して(9日)、日中の間で中立的な立場を取っていた韓国でも反発が巻き起こり、大統領室が直ちに反論した。
アメリカのトランプ大統領は11月24日に中国の習近平国家主席と電話で会談した翌日に高市首相に電話した。高市首相は「日米間の緊密な連携を確認できた」と発表していたものの、実際にはトランプ大統領から「(米中が)うまくやろうとしているのに、邪魔しないでくれ」と厳しい口調で釘を刺されていたことが報じられた(北海道新聞、12月14日)。ここでも、政府の発表は、一番重要なポイントを隠蔽(いんぺい)していたわけだ。さらにホワイトハウス報道官は、大統領が日本との「同盟関係」と中国との「良好な協力関係」の双方を維持できると考えていると説明した(11日)。「同盟関係」にもかかわらず、中国と同じように扱い、日本に味方しようとはしなかったということになる。
加えて、フランスのマクロン大統領も12月4日に中国を訪れて来年の議長国としてG7に招待しようとし、日本だけが慎重な対応を求めるという事態に陥っている。要は、中国をはじめアジア諸国でも、アメリカからも、そしてフランスからも、日本は距離を置かれて、どこからも支持がないという国際的孤立に陥ってしまっているわけだ。
定数削減と経済的危機、金銭的問題
内閣支持率は少し落ちたとはいえ、未だに高い。前回に書いた「上からのポピュリズム」だ。しかしこのような事態を見て、前途を危ぶむ識者の批判や声明が現れてきて、「こんなひどい総理は初めてだ」というXの投稿も多くの注目を集め、官邸前の市民デモも報じられた。
さらに、維新の会の要求に応じて、自維両党は衆議院定数削減法案を国会に提出した。この内容は、1年以内に与野党が合意できなければ「小選挙区25、比例代表20を減らす」というものだ。国政の根幹たる選挙制度の改革にはもちろん熟議が求められるから、与野党合意ができなければ一方的に実施するという内容は、前代未聞だ。そこで、「これほど党利党略を優先した法案も珍しいだろう」(日本経済新聞、12月8日)とか「憲政の常道に反する暴論だ」(読売新聞、12月6日)というように、通常は政府寄りの大メディアも含めて、社説における批判の大合唱が生じている。しかも、定数の1割削減の根拠を国会で問われて首相は「答えを差し控えます」(12月8日)と答えて激しいヤジが飛び、かつての民主党案がほぼ1割削減だったので「納得感が得られるレベルではないかといった話し合いがあった」と述べた(10日)。要するに、合理的な根拠は説明できないわけだ。さすがに、野党の反対でこの法案は審議入りできず、自維両党も今国会での成立は断念した(12月16日)。
また経済的には、大規模な補正予算案によって長期金利が上がり続けていることについて国会で問われて、日本の成長や債務残高GDP比率低下が大事と答えた(10日)。質問した今井雅人議員が「びっくりした。……危ない。少し背筋が凍った」と批判して「日米の金利差が縮んでいくことは確実になっているのに円安が進んでいく。恐ろしい」と述べた通りだ。円安とそれに基づく物価上昇が激化すれば、確かに債務残高GDP比率は低下するが、人々はひどい生活苦にますます悩むことになってしまう。
つまり、アベノミクスの失敗による円安・物価上昇によって人々が苦しんでいるのに、積極財政政策でその政策を再現することによって、生活苦を加速するということに他ならない。結局、債務残高拡大という政府の失敗を、インフレによって人々に払わせて解消するということになるから、インフレ税という批判的な表現が用いられるほどだ。
勇ましい発言をするだけで、外交にせよ、経済にせよ、政策問題に対する識見を欠いており、政策能力が欠如していることが明らかになった。要は、首相の器ではないということが露呈したのだ。
さらに、高市首相や小泉防衛相(ともに、代表を務める支部が政治資金規正法の年間上限を超える寄付の受領)、片山財務相(大臣規範に抵触する大規模政治パーティーや政治資金不記載問題)という政府中枢に、次々と金銭的問題が報じられ、前二者は大学教授によって告発された。首相は国会で問われて、「たまたま私が支部長だった。『高市早苗』に対する献金ではない」と答えた(12日)が、愕然とする。また首相は、裏金問題に対する企業・団体献金問題を聞く野党の質問に対して、「そんなことよりも」と言って衆院定数削減問題を持ち出して、批判を招いている。裏金議員を登用している上に(第13回参照)、自分自身も金銭的問題を抱えているわけだから、この言辞も「むべなるかな」と言わざるを得ない。
誤謬(ごびゅう)を認めない、亡国の権力的エゴイズム
この全ての起点になっているのは、首相個人の能力不足とともに、巨大な人格的エゴイズムだ。
台湾有事発言の際に内閣官房が作成した答弁資料では「台湾有事という仮定の質問にお答えすることは差し控える」となっていたことが、辻元清美議員の質問で明らかになった(11日)。まさしく首相のアドリブ発言だったわけで、元大阪府知事の橋下徹氏が「失言」と断じて「ポロッと発言で民間が不利益をこうむるのはダメ」と批判しているのは、この点においては正しい。
もともと台湾有事の大失言を謝って撤回すれば、中国は矛を収めて、友好的な関係が回復したに違いない。それをしないことは、明らかに国益を損なっている。そうしない理由は、首相個人の傲慢(ごうまん)さとエゴイズムでしかない。喝采している極右的支持者を失いたくないのだろうと推測されているが、日本の国益よりも自分の権力維持を優先しているわけだ。ゆくゆくはこれが戦争を招きかねないことを思えば、まさしく巨大な「亡国のエゴイズム」である。
でも、野党からもメディアからも、この点の批判が少ない。それは、政治における精神的・倫理的側面が等閑視されているからだろう。





