食から見た現代(16) 15分から勤務できるカフェレストラン 文・石井光太(作家)

ひきこもりや不登校の一因に、当事者たちが過敏であることはしばしば指摘されてきた。原因が何であれ、それを打ち消すのではなく、活かすような就労支援のやり方を、小栗氏は目指しているのだ。

そのために、ワンぽてぃとの15分からの超フレックスタイム制の導入は、当事者たちが就労するためのハードルを大きく下げる役目を果たしている。「15分でいいならがんばれるかも」という気持ちが、家から外へ出る一歩を後押しすることになる。
実際に店に来て勤務をはじめると、15分で終業する人はいないそうだ。みんなあと15分、さらにあと15分と考えて仕事時間を延ばし、最終的には4、5時間働くことも多いらしい。また、30分程度で仕事を終えたとしても、帰宅せずに店に残り、テーブルでゲームをしたり、簡単な作業をしたりする人もいる。

看板犬オリバー

そんな彼らに寄り添うのが、店の看板犬のオリバーだ。愛知県には障害者のサポートをする介助犬の訓練施設「シンシアの丘」があり、オリバーはそこの候補犬だった。小栗氏は日本介助犬協会に頼み、候補から外れた1歳のオリバーを譲ってもらって、店に置くことにしたのだ。

オリバーに会うことを目的として来店するのは客だけとは限らない。ひきこもりの当事者も、仕事をするほどの気力はなくても、「オリバーに会いに行きたい」と言ってやってくるのだ。オリバーの存在が、ここに滞在する理由になっているのだ。

この他、ひきこもりの若者にここを居場所と感じてもらうには、接し方を工夫することも大切だという。小栗氏は話す。

「うちに来る子たちは、やろうと思ってもできないことが少なくありません。店に来ると言って来られなかったり、仕事の手順を覚えられなかったり。社会で何かをすることに慣れておらず、必要以上に気負ってしまうからこそ、うまくいかなくなることも多いのです。

店が就労支援の場として機能するには、彼らが卑屈にならずに伸び伸びと働ける状況を用意することが欠かせないと思っています。そのために意識しているのが、彼らがミスをしても気に病まずに済むような演出です。それには私のミスを笑いに変えればいい。そうすれば彼らは傷ついたり、自分を責めたりする必要がなくなるわけですから」

当事者は繊細で不安だからこそ、必死になってがんばろうとする。だから、ミスをした時に「やっぱり自分はダメなんだ」とショックを受けて立ち直れなくなってしまう。しかし、店にミスを笑いに変えるようなゆとりがあれば、彼らは気負わずもう少しがんばろうと思って進んでいくことができるようになる。

最近は「隙間バイト」と呼ばれる勤務形態が広まり、短い時間で働くことが可能になってきているが、このような社会適応に困っている人たちに対する温かな職場の空気は存在しない。そういう意味では、ワンぽてぃとの存在意義は大きい。

とはいえ、店の緩やかな空気は簡単に作り出せるものではない。店主がそれを目指しても、うまく笑いに変えられず、つい厳しい態度を取ってしまうこともある。小栗氏がそれを実現できているのはなぜなのか。

彼女は笑って答える。

「実は私、10年くらい前にボランティアサークルを立ち上げた友達からの誘いで、いろんな場所でクラウン(道化師、ピエロ)を演じる活動をしてきたんです。お祭り、デイサービス、保育園、児童館などで、クラウンの格好をして登場して、パフォーマンスを通してみんなを笑わせているんです。そうした経験から、笑いを演じることが自然にできるようになったのです」

クラウンのパフォーマンスの神髄は、社会の厳しい空気を逆手にとって笑いに変えることだ。そういう意味では、嫌味のない自然な形で明るい笑いに変えるのはお手の物なのかもしれない。

 

ワンぽてぃとは、就労を通じた支援だけでなく、別の方法でも若者たちが抱える困難を和らげる試みを行っている。

その一つが月に1回開催される茶話会イベント「HANASOU-ZE」だ。若者たちが店に集まり、自分の悩みや将来のことなど自由に話をするのだ。初対面で会話が弾まなければ、話題提供アプリを使用することもある。「最近の推しは?」「好きなミュージシャンは?」などとテーマを振ってくれるので、それに答えていくうちに会話がつながり出す。

小栗氏は言う。

「うちに来る若い子たちは、友達と話をするという体験が乏しいです。なので、うちがこういう会を開催することで、みなさんに『同じ境遇の友達ができた』とか『話を聞いてもらった』と感想をいただいています。毎回3~6人くらい集まりますが、これをきっかけに表に出てこられるようになる人もいます」

メイド服で接客

会では単に話をするだけでなく、各々(おのおの)がやりたいことを話す機会も設けている。ある20代の女の子は、「いつかメイドカフェで働くのが夢なんです」と答えた。そこで小栗氏はワンぽてぃとで、メイドの格好をして接客する日を作った。その子は人前に出るのが恥ずかしくて苦手だと言っていたが、進んで参加すると終業時間まで勤務しつづけたという。この体験が彼女の働くことへの自信になったことは想像に難くない。

同じような茶話会イベントは、ひきこもりの子どもを持つ保護者向けにも行っている。「とまり木ママの会」がそれだ。ひきこもりや不登校の子を持つ親が月に1度集まり、家庭のことを話したり、相談事をしたりするのだ。

小栗氏は話す。

「HANASOU-ZEやとまり木ママの会は、当事者主体のピアカウンセリングですが、それ以外にも『わちゃわちゃの会』といってワンちゃんと飼い主さんの集いなんかも開催しています。そこにひきこもりの若者がふらっとやってくることも多く、それまでは無表情だったのに、犬と触れ合っているうちに笑顔になるなんてことも珍しくありません。クリスマスパーティーやチャリティーコンサートなんかもそうですが、当事者だけに限定せず、いろいろな人たちが集まれるイベントを開くことで、いろいろな人たちが社会参加できる機会を増やし、そこから新しい挑戦へステップアップしてもらえればと思っています」

こうした一連の活動によって当事者が社会復帰を果たし、評判が広まるにつれ、全国から同じ試みをやってみたいという人が現れているそうだ。ワンぽてぃとが作った15分からの超フレックスタイム制の導入や、店内を利用した様々な交流イベントを行うことによって、社会貢献を目指しているらしい。

小栗氏は言う。

「過去には、公的機関から、自分たちが抱えている当事者の方を受け入れてもらえないかという問い合わせもありました。ただ、私が大切にしているのは、あくまでも普通のカフェレストランであるということです。だから、当時者にとっては社会参加になるわけですし、自信をつけて外に飛び出していこうと思えるようになるのです。そういう意味では、どれだけうちの取り組みが広まっても、普通のカフェレストランというところは大切にしたいと思っています」

これまで海外メディアからの取材も受けてはいるものの、小栗氏が理想とするのは、「隣のおばちゃん」的な存在だという。それこそが、当事者の困難にもっとも寄り添う形であることを信じているからだろう。

プロフィル

いしい・こうた 1977年、東京生まれ。国内外の貧困、医療、戦争、災害、事件などをテーマに取材し、執筆活動を続ける。『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『蛍の森』『43回の殺意』『近親殺人』(新潮社)、『物乞う仏陀』『アジアにこぼれた涙』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(文藝春秋)など多数。その他、『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。』(ポプラ社)、『みんなのチャンス』(少年写真新聞社)など児童書も数多く手掛けている。最新刊に『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)。

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