食から見た現代(8) お腹が「熱い」って何? 文・石井光太(作家)

神奈川県大和市は、外国人が多く暮らしている町として知られている。

この地に外国人が増えたのは、1980年に「大和定住促進センター」が開設されたのがきっかけだ。当時、カンボジアやラオスでの共産革命やベトナム戦争の影響で、インドシナ半島に暮らすベトナム人、ラオス人、カンボジア人などがインドシナ難民として日本政府の許可の下に定住目的で日本に渡ってきていた。日本政府が、そのような難民を受け入れるために設置した全国三つの組織の一つが大和定住促進センターだったのだ。

大和定住促進センターの役目は、インドシナ難民が日本に定住する上で必要な日本語を教えたり、就労支援を行ったりすることだった。そのため、大和市内に大勢のインドシナ難民が住み着いた。そして1980年代の終わりから1990年代には、主にアジア出身者を中心とした出稼ぎ労働者も移り住むようになった。

そんな大和市の小田急江ノ島線鶴間駅から徒歩5分ほどのところにあるのが、小林国際クリニックだ。夫婦で院長(現在は名誉院長)と副院長を担い、消化器科、外科、小児科を診療科目としている典型的な地域に根差したクリニックだが、ここは外国人医療の先駆的な存在としても知られている。

このクリニックに外国人が集まるようになった背景には、名誉院長の小林米幸氏の存在が大きい。

慶應義塾大学医学部を卒業した小林氏は、神奈川県大和市立病院で勤務医として働いていた。その時に、インドシナ難民大和定住促進センターの嘱託医を任されたことから、在日外国人たちが日本語や情報が不十分なことから満足な医療を受けられずにいることを知り、適切に対応できる医療が必要だと考えて、1990年に開業したのである。

このような経緯と土地柄から、現在ではクリニックを訪れる患者の三割が外国人であり、多い日には40人に上るという。国籍はアジア系に留(とど)まらず、中東、南米、欧米、アフリカ系の人たちもやってくる。小林氏は英語やスペイン語、タイ語など複数の言葉を使いこなすが、5人の通訳を雇って6カ国語に対応した医療を行っている。

2024年の1月、私が取材に訪れた日も、午前中だけで8人の外国人が診察に訪れていた。小林氏は次のように話す。

「うちには日本人も外国人も来ますが、食について感じるのは健康に対する意識の違いでしょうね。日本人って小学生の時から学校で健康について様々なことを教えられるじゃないですか。食生活のことであれば、保健体育でも家庭科でも、食事をバランスよく食べましょうとか、食べすぎは良くありませんとかいったことを教わるので、自然とその意識がつく。

でも、外国人はそうではありません。特に貧しい国の人たちは、食生活をコントロールすることで健康を手に入れるという意識が乏しく、平気で油を大量に使った肉料理を毎日のように食べることがあるのです。たとえば、フィリピンの人であれば、アドボ(肉の煮込み料理)をたくさん食べて、野菜不足はビタミン剤を飲んで補えばいいというふうに考えている人がいる。これでは当然コレステロールは上がりますよね」

これは私が海外で取材をしていても頻繁に感じることだ。

低賃金で肉体的に厳しい労働をしている人は、体を動かすためにとにかくカロリーを摂取するような食生活になりがちだ。大きな肉を油でカラカラに揚げて食べるとか、炭水化物をひたすら食べて胃を膨らませるとか、砂糖を大量に入れたお茶やコーヒーを何杯も飲むといったことを平気でする。これでは一時的にエネルギーは得られるかもしれないが、健康を維持することは難しい。

また、国によっては、大量に食べて太っていることが裕福である証(あかし)であったり、美しさの象徴だったりと考えられていることがある。細身の人より、肥満体形人の方がもてはやされるのだ。そういう国では、人々は健康のために食事を節制するという思考にはなりにくい。

そのため、外国人は日本人に比べると不摂生によって健康被害を受けることが少なくない。それで若くして糖尿病や高血圧に悩まされるとか、心臓や脳の病気を抱えるといったことが起こり、健康寿命が低下するのだ。

小林氏はつづける。

「日本人と外国人の健康意識の違いは、保険制度も関係していると思います。国民皆保険制度の日本では、医療費をできる限り削減する目的で国民の健康意識を高めようとしますが、制度の違う国ではなかなかそうなりません。健康教育や啓発活動があまり行われていなければ、国民もそこに意識が向かいづらくなるのは仕方のないことでしょう」

先にも述べたように日本は国民皆保険制度によって、健康保険にほぼ全員が加入することで、病気の人の経済的負担を抑えられる仕組みを作っている。逆にいえば、病人が増えれば、保険料を上げたり、医療費の負担を増やしたりしなければならなくなるため、国は国民に対して積極的に健康についての教育活動を行うのだ。

他方、海外の多くの貧しい国では、健康保険が日本でいう民間企業のがん保険のような位置づけになっており、加入するかどうかは個人の選択に委ねられている。また公的保険に近い制度がごく一部の富裕層のためにだけあるという国もある。そのため、日本のように、国が先導して健康教育を行うことが少ないのだ。

ちなみに、日本では外国人でも中長期以上の在留者は健康保険に加入するのが基本だ。会社で働いている人は社会保険に入り、そうでない人は扶養家族か国民健康保険に加入する。だが、ごく一部の外国人は節約のためとか、不法滞在等で制度の外にいるなどして加入していないことがある。

そのような外国人が病院にかかる場合は、自費診療といって自分で全額払わなければならない。保険に入っていて三割負担の人なら3000円で済むところを、十割負担の1万円を支払うことを自費診療十割と表現する。一般的に自費診療は保険診療より高額に設定されていることが多く、多くの病院が五割増し(保険診療が1万円なら自費診療は1万5000円)、東大病院のような大きな病院では三倍(同、3万円)になることもある。

だが、小林国際クリニックでは、どんな人でも必要な治療を受けられるようにとの考えで、自費診療を保険診療十割に設定しているそうだ。