内藤麻里子の文芸観察(76)

『のぼうの城』(2007年)、『村上海賊の娘』(2013年)など、寡作ながら出れば話題になる和田竜(りょう)さんの12年ぶりの新作は『最後の一色』上・下巻(小学館)だ。室町時代から200年近く丹後守護を務めてきた一色家の最後を描いた作品だが、こんな戦国小説、読んだことがない。時間をかけて丁寧に構築された世界で武将たちが躍動し、意外性と情け深さに翻弄(ほんろう)される。

丹後国(現在の京都府北部)の領有をかけて、織田信長の配下、細川忠興(本書では当時の名乗り「長岡忠興」で登場する)と、丹後守護、一色五郎の戦いの行く立てをつづる。2人が出会ったのは、中山城の攻防で一色方が負け、五郎の父が自刃した直後だ。忠興もたいがい苛烈な武将だが、五郎がその怪物ぶりを見せつける。この五郎、子どもの頃から大江山で遊び、ほとんど居城にとどまることがなかった異能の人。6尺(約180センチ)を超す長身で、野獣や酒呑(しゅてん)童子を思わせる恐ろしい風貌に、阿修羅のような戦働き。両者ともに17歳の同い年。ここから続く3年あまりの歳月の物語だ。

圧倒的な怪物性に、一色の家老の一人は「いつか我らを思いもよらぬ死地へと連れていってしまうかも知れぬ」という予感に襲われる。丹後を奪おうとする長岡方は、弓木城(ゆみのきじょう)に退いた一色方に無謀とも思える要求を繰り返すが、五郎はそれらをことごとく受け入れる。五郎の真意が分からない中、一人、叔父だけが「一色家の業報」を戦略に使おうとしていると気づく。暗い予感、意味不明な「一色家の業報」。徐々に五郎の怖さが際立ってくる。

細川家の家記『綿考輯録(めんこうしゅうろく)』や『一色軍記』『兼見卿記(かねみきょうき)』『老人雑話』など多くの史料に当たり、吟味した結果、ストーリーを紡いでいることを明かしながら物語っていく。その語りぶりは整理されて明快だ。これは歴史時代小説に慣れていない人でも、当時の事情がすんなりと頭に入るのではないだろうか。

さらに、両家の家臣団ら周囲を彩る面々は明確な性格付けがされ、生き生きと動く。登場人物が多いのに、それぞれが印象深く、あの人のことも、この人のことも語りたくなる。例えば鉄砲の天才なのに稀代の大臆病な弓木城城主などは、その最たる存在だ。

物語は、信長の御馬揃(ぞろ)えのにぎにぎしい催しやら、五郎と忠興の妹の婚姻やら、起伏に富んでいく。やがて五郎の怪物性とは裏腹の心根と、「一色家の業報」の意味が明らかになった時、戦国小説の中で最も美しいのではと思うような場面が出現する。もちろんそんなところで幕は下りず、なお壮絶な展開になっていく。一気に終幕まで持って行かれ、読み終えて漂う無常観に身を浸した。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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