切り絵歳時記 ~柳田國男『先祖の話』から~ 2月 文/切り絵 ルポライター・切り絵画家 高橋繁行

人は死ねば子孫の供養や祀(まつ)りをうけて祖霊へと昇華し、山々から家の繁栄を見守り、盆や正月に交流する――柳田國男は膨大な民俗伝承の研究をもとに日本人の霊魂観や死生観を見いだした。戦時下で書かれた柳田國男の名著『先祖の話』をひもときながら、切り絵を使って日本古来の歳時記を絵解きしたい。
鬼の覗きに来る日
二月四日は立春、暦の上で春の始まりである。立春の前日が、節分と言われる。節分と言えば、どうして鬼が出るのか。『先祖の話』にはこんなことが書かれている。
「我々にとってはただ日常の普通の行為と認むべきものの中にも、神と霊との厭(いと)い嫌わるるものが、いろいろあるということを我々は知っていた。(中略)それでもまだ畏怖(いふ)の念がなお残って、あるいは節日の前夜をもって鬼の覗きに来る日とし、またはその翌日を悪日として、気を置くような俗信が流布していた」
この中の「節日」とは、国語辞典によると季節の節目にあたる祝日のこと、伝統的な年中行事を行う日を指している。節日の前夜というのが、立春の前夜という意味なら、鬼が覗(のぞ)きに来る日とは、節分の夜ということになる。
【鬼が覗きに来る日】
ここでいう鬼とはなにか。『先祖の話』の中では、かつて日本人が先祖の霊に対して畏(おそ)れ敬う「畏怖の念」や、忍び寄る死への不安との関連で語られる。
柳田國男は、「日本人の多数が、もとは死後の世界を近く親しく、何かその消息に通じているような気持を、抱いていた」と印象的なことを述べている。
なぜ、日本人はこんなにも「死」に親しみを持っていたのか。理由の一つとして柳田國男は、死んでも霊は留(とど)まり遠くへ行かないと、なんとなく実感していたことを挙げている。
なるほど、日本人は仏法が説いている十万億土のかなたにある極楽浄土よりも、身近な山中他界にあの世を求めがちだ。死んだら、近くの霊山に帰るといった固有の信仰を持っている。
かつて日本人は、先祖の霊に対して畏れ敬う気持ち(畏怖の念)を持っていた。昔の人々は、畏怖の念や物忌みの感覚から、慎(つつ)ましい暮らしを送っていた。
日本の民俗学において「鬼が覗きに来る日」という言い伝えは、特定の節日の前夜や、翌日が「悪い日」または身を慎むべき「斎日」とされ、亡くなった人の魂や先祖の霊に対し、人々が畏怖の念を抱いていたことに由来する俗信の一つといえる。
プロフィル

たかはし・しげゆき 1954年、京都府生まれ。ルポライター・切り絵画家。『土葬の村』(講談社現代新書)、『お葬式の言葉と風習 柳田國男「葬送習俗語彙」の絵解き事典』(創元社)、『死を笑う 落語ととむらい』(創元社)など、死と弔い関連の著書を手がける。高橋葬祭研究所主宰。





