「ガザに地獄の扉が開く」とイスラエルの閣僚(海外通信・バチカン支局)

イスラエルのカッツ国防相は8月20日、パレスチナ自治区ガザ地区の最大都市であるガザ市を制圧する同国軍の計画を承認し、そのために6万人の予備兵の招集を許可した。同市の近郊では連日、侵攻してくるイスラエル軍による空爆や砲撃が繰り返されており、飢餓をしのぐために食糧を求めて人々が列を作り、絶望的な状況の中で、高齢者、子どもたちを含めた一般市民が死亡している。
イスラエル軍は、パレスチナ人のガザ市からの大量強制移動をも計画している。カッツ国防相は、「もうすぐ、ガザに地獄の扉が開くだろう」と警告した。だが、キリスト教指導者たちは、「イスラエル政府が脅す、地獄の扉は、既に開けられている」が、「どんな地獄状況にあっても、神父や修道女たちは、運命を分かち合う伴侶(パレスチナ人)のいる限り、ガザ市を去らない」と宣言し、イスラエル政府の実行するガザ政策に抵抗している。
ガザ地区に教会を有するギリシャ正教のエルサレム総主教であるセオフィロス3世とカトリック教会エルサレム大司教のピエルバッティスタ・ピッツァバッラ枢機卿は26日、合同声明文を公表し、その中で「ガザ市の多くの地域からの(パレスチナ人の)大量移動の通告が(イスラエル軍によって)出され、激しい空爆、砲撃が展開される劇的な状況に加えて、さらなる破壊、死者の報が届いている」と状況を説明。ギリシャ正教とカトリックの教会が、「高齢者、女性、子どもたちを中心とする、数百人のパレスチナ人の避難所となっているが、彼らの多くは飢餓によって衰弱しており、彼らをガザ地区の南部に移動させることは、その死を意味する」と糾弾している。だから、両教会の聖職者たちは、「地獄の扉が開けられても、教会を離れない」という。「パレスチナ人の幽閉、集団移住、彼らに対する復讐(ふくしゅう)心を基盤とする未来はない」と主張する合同声明文は、「全ての民は、どんなに小さく、どんなに弱い民であっても、彼らのアイデンティティーと権利、特に彼らの土地で生き、誰によっても強制的に移住を強いられない権利に関し、強権者によって尊重されなければならない」(ローマ教皇レオ14世)と主張する。
さらに、同声明文は、8月25日にガザ地区南部のハンユニスで発生した、イスラエル軍による病院に対する「二重攻撃」を非難している。最初に病院に対する砲撃がなされ、救援部隊や報道関係者が駆けつけたところに2回目の砲撃がなされた悪質なものだ。この攻撃によって、6人の報道関係者、医師、看護師のグループ、市民防災団のボランティアを含む20人が死亡した。
「正義のためのエルサレムからの一つの声」と呼ばれるキリスト教諸教会間(エキュメニカル)グループは、ガザ地区での状況を「死、強制移住、飢餓、絶望という暗黒の谷間を歩く」と描写しながら、「変貌させられた聖地、キリストの地における驚愕(きょうがく)と苦痛の時にあって、キリスト教の中東における存在意義」を説いている。彼らは、ガザ地区で展開されている「民族虐殺」が、パレスチナ領の他の地域へも波及していくと警鐘を鳴らす。「ガザでの民族浄化は、組織的な住居、病院、教育施設の破壊を通して連日、実行されている。同じような政策が、イスラエル軍の支援を受けながら、イスラエル人の(違法)入植者による(パレスチナ人に対する)暴行によって、ヨルダン川西岸でも実行されている」という。だが、彼らは、現パレスチナ領のベツレヘムで生まれ、ガリラヤの丘を説教して回り、平和が理解されなかったがため破壊されていく聖都エルサレムの未来を展望して泣き、自身の使命を全うするために不正義な死を耐え忍んだ、キリストの足跡の残る地であるがため、「私たちは、キリストが死を通して生命(復活)を示されたように、苦から逃げることはしない」と表明する。
教皇レオ14世は8月27日、バチカンでの水曜恒例の一般謁見(えっけん)の席上、世界から参集した信徒たちに向かい、「多大の恐怖、破壊と死をもたらしている聖地での紛争に終止符を打つようにと、紛争当事者と国際共同体に対し、強きアピール」をした。「全ての拉致されている(イスラエル人の)人質が解放され、恒常的な停戦が成立し、人権が完全な形で遵守(じゅんしゅ)されるよう」にと願う教皇は、特に、「一般市民の擁護」と「(パレスチナ人の)集団処罰、無差別な武力行使、住民の強制移動の禁止」を訴え、セオフィロス3世とピッツァバッラ枢機卿が公表した合同声明文を支持した。
イスラエル国内では、約80人の保守伝統派のユダヤ教指導者(ラビ)が合同声明文を公表した=ローマ教皇庁外国宣教会(PIME)の国際通信社「アジアニュース」/20日付。その中で、ユダヤ教徒、特にイスラエル政府に対し、ガザ地区やヨルダン川西岸地区での紛争に関する「明確なる倫理性」と「責任感」を訴えた。「パレスチナは存在しない」「2国家解決策は幻想」「ガザとヨルダン川西岸地区のイスラエルへの併合」「ヨルダン川西岸地区でのイスラエル人の過激派入植者の扇動」——ネタニヤフ政権を構成する極右ユダヤ教政党の閣僚であるベザレル・スモトリッチ財務相、イタマル・ベングビール国家治安相のこれらの発言が、ユダヤ教聖典「トーラー」に反するとも非難している。「ユダヤ教の正義と慈しみに関するビジョンは、全ての人間に適用される」「われわれの宗教伝統は、おのおのの人間が神の似姿として創造されたと教える」「アブラハムの霊的子孫であるわれわれは、正道と正義の道を辿(たど)るように促されている」と主張する保守正統派のラビたちは、「一民族全体を飢餓に追い込むことは、ユダヤ教の教えに反する」と抗議する。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)