食から見た現代(16) 15分から勤務できるカフェレストラン 文・石井光太(作家)

テラスに6席、店内に28席ある「ワンぽてぃと」外観(写真は全てワンぽてぃと提供)

愛知県春日井市に、テラスの付いたカフェレストランがある。ポテトを使った美味しい料理と、看板犬が人気の「ワンぽてぃと」だ。

テーブル席が並ぶ黄色い壁の店内は、頻繁に飾りつけが変わる。夏には壁にかけた簾(すだれ)に祭りの団扇(うちわ)やお面を飾り、ハロウィンには天井や窓にお化け玩具がつられ、クリスマスにはサンタの帽子をかぶった雪だるまや動物のぬいぐるみが所狭しと並べられる。どれも手が込んでいてかわいらしい。

6月の飾りつけを施した店内

飾りつけを任されているのは、ここに通っているひきこもりや不登校の若者たちだ。ワンぽてぃとは、2022年5月のオープン当初から「15分単位で働ける」ことを掲げ、働きたくても一歩踏み出せない若者の就労支援の場になってきた。1日数時間の勤務が難しくても、15分ならできるかもしれない。そんな思いを持つ人たちなのである。

店のオーナーは小栗加奈氏(49歳)だ。彼女は言う。

「うちの勤務形態の特徴は、いつでも好きな時に働けることです。15分に限らずに勤務時間を延長してもいいですし、シフトを組む必要もありません。自分のペースに合わせられるからこそ、たくさんの方々に必要としていただいているのだと思います」

現在、国はひきこもりの数を推計で146万人いるとしており、各自治体が対策に追われている。そうした中で、ワンぽてぃとは全国的な注目を集め、株式会社SmartHR が運営する「WORK DESIGN AWARD 2023」ではACTION部門グランプリを受賞するなど社会的にも高い評価を受けている。

何が生きづらさを抱える若者たちをワンぽてぃとに引き寄せているのだろうか。その取り組みを、小栗氏に聞いてみた。

 

りんごDE薔薇(6月の季節限定)

ワンぽてぃとは、テラス席6席、店内席28席のカフェレストランだ。営業時間は午前11時~午後5時半。小栗氏などレギュラーで働いている人の他に、50人ほどのひきこもりの当事者たちが登録をしている。

登録者は10代後半~20代が多く、有給で働く人の他にも、ちょっとした手伝いに来るだけとか、お店にランチやお話しに来るだけという人もいる。15分の時給は、愛知県の最低賃金(時給1077円)に合わせて270円となっている。

小栗氏は話す。

「うちにくる人たちは、新聞やネットの記事で知ったり、親やお医者さんに教わったりして連絡してくるケースが多いですね。事業所のように就労支援を前面に出しているわけではないので、口コミのような形で集まってくるのがほとんどなのです。ただ、多くの方はファーストコンタクトから来店まで何カ月もかかったり、何カ月か間を空けて来たりします。それだけ外に出る、他人と接触することに高いハードルを感じているのです」

小栗氏がワンぽてぃとを開業したのはコロナ禍の最中のことだった。3人の子育てをしている合間に飲食店でパートをしていたこともあり、以前からいつか自分の店を持てたらという漠然とした夢を持っていた。新聞に掲載されていた、商工会議所が開催する「創業塾」に通って、企業の基礎的なノウハウを勉強したこともあった。ただ、小栗氏の三女が小学校に高学年から行き渋り、開業はまだ先になるだろうと思っていた。

転機は2021年の秋だった。創業塾で知り合った女性から連絡があり、カフェの居抜き物件があると教えられたのだ。見に行くと、すぐに営業ができる状態だった。ここで新しい挑戦をしたいという気持ちがわいたが、急な話だったので店のコンセプトは決まっていなかった。

そんなある日、家のリビングにいると、長女の電話でのやりとりが小栗氏の耳に入ってきた。スマホのスピーカー機能を使って話していたので、長女と友人の女性の声が筒抜けだったのだ。

どうやら、その友人は現在の職場でパワハラを受けており、退職を考えているらしかった。だが、次の職場を見つけて一からスタートを切れる自信がなく、今後のことが不安だと嘆いていた。それを聞いた時、小栗氏の頭に次のようなアイディアが浮かんだ。

――今回借りようとしている居抜き物件はそこそこ広いので、開業するとしたらアルバイトスタッフを雇わなければならない。せっかく人を雇うなら、社会に出ることを不安に感じている人たちの受け皿にできないだろうか。

頭の中にあったのは、当時中学生だった三女のことだった。彼女は小学校時代から行き渋りの兆候を示し、中学に入ってからは不登校の状態がつづいていた。ちょうど彼女の将来について悩んでいたこともあって、彼女のような子が働ける場所を作りたいと思ったのだ。

コンセプトを固めると、小栗氏は三女に店の構想を話した後、どうすれば働いてみたいと思えるかと尋ねた。三女は言った。

「15分くらいからでいいなら、自分にもできるかもって思える。あとは、ネイルとか髪の色とか、ファッションは自由がいい」

ひきこもりや不登校の子たちは自分に自信がなく、人と接したり、働いたりすることに不安を感じている。そのハードルを下げるのが、15分からの勤務という形態だったのだ。また、ファッションはその人にとっての自己表現であり、たとえ飲食業でもそれを抑制するのはよくないことも認識した。

オープンに先駆けて、小栗氏はクラウドファンディングを開始し、生きづらさを抱えている若者向けに、15分単位の超フレックスタイム制の店を開くことをアピールした。知人の記者に話すと、記事にもしてくれた。

間もなく、クラウドファンディングや記事を見たという当事者数人から、働かせてもらえないかという問い合わせがあった。小栗氏はこのコンセプトにニーズがあることを確信し、せっかくなら彼らに店のオープン前から携わってもらいたいと考えた。そして三女の友人の不登校の生徒も呼んで、改装のための壁のペンキ塗りなどを手伝ってもらったのである。

こうして、ワンぽてぃとは無事にオープンの日を迎えた。新聞やテレビで報じられたことで、生きづらさを抱えた若者、家族、支援したい人、行政、病院から問い合わせが押し寄せた。そして後述するように活動の幅を一層広げていったのである。

 

日本では、社会に適応できないひきこもりの数が、年代問わずに増加している。一概にひきこもりと言っても原因は様々で、病気で心身の不調に陥ったことでなる人もいれば、精神を病んだことでなる人もいる。ワンぽてぃとに集まってくる人たちは、どのようなタイプが多いのだろう。

小栗氏は話す。

「すごく繊細な心の持ち主の方が多いように感じます。やさしいし、気配りができるし、何事にも一生懸命。ちょっとしたことで傷ついたりする。それで人と接することに不安を感じて、長らく家から出られなくなるタイプです。

世の中にはひきこもりの人たちが甘えているとか弱いといった声もありますが、私はそうは考えません。むしろ、あんないい子たちに仕事を用意できない社会の方に問題があるのではないかと思っています。何にせよ、彼らがひきこもった事実を変えることはできないので、次にどうするかの方が重要ではないでしょうか」

次とは何を示すのか。小栗氏はつづける。

「社会には、フリースクールや通信制高校など不登校になった子たちが行ける受け皿は用意されつつあります。でも、ひきこもったまま10代後半~20代を迎えた人たちが、社会で自立していくためのステップとなる場がほとんどありません。今あるのは障害者のための就労支援施設が大半で、その枠に入らない人たち向けのものが不足しているのです。

ワンぽてぃとは、そうした人々が家から出て自活していくための力をつける場所です。うちで少しずつ体や心を慣らしてから、一般社会へ進んでいけばいい。社会に出るために、彼らが持っているやさしさ、気配りのよさ、一生懸命さを捨てる必要はありません。それを備えたまま社会へ出られる道筋をつけられればいいと考えているのです」