バチカンから見た世界(143) 文・宮平宏(本紙バチカン支局長)
3宗教間の融和なくして中東和平は実現できない(2)―中東カトリック指導者の糾弾―
イスラエルとパレスチナ領ガザ地区を実効支配するイスラーム過激派組織ハマスとの間で戦闘が始まってから、40日(11月15日現在)が過ぎた。伊カトリック司教会議通信社「SIR」によると、カトリック教会の聖地(エルサレム)管理局のイブラヒム・ファルタス神父は、「私たちアラブ人は、40日後に死者を追悼する」「ユダヤ人が、約束の地に到着するまでに、シナイ半島の砂漠を放浪したのは40年間だった」「キリストが砂漠で孤独、飢え、誘惑と闘ったのは40日間だった」「(イスラエル軍が2002年のインティファーダ=抵抗運動=で蜂起したパレスチナ人戦闘員を捕獲するために)キリストの生誕教会を包囲したのは40日間だった」と指摘し、“40”という因縁に沿ってイスラエルとハマス間での戦闘が終われば、それは「神からの恩恵だ」と願望を表明したという。
だが、シリア・カトリック教会のジャック・ムラー大司教(ホムス大司教区)は、ローマ教皇庁宣教事業部国際通信社「フィデス」に投稿したレポートの中で、「地獄を見たいなら、レバノン、シリア、そして、今の聖地に来ればいい」と、厳しい表現を使って糾弾し、「悪魔の霊が今、世界を地獄に追いやっている。世界を地獄に変容させている。私たちは、本当に地獄で生きている」と嘆いた。2011年から続く終わりの見えない内戦と、昨年の大地震によって破壊し尽くされたシリアでは、「老若男女が、食べるものを探してゴミ捨て場を漁(あさ)る姿を日常茶飯事として見かける」とし、「もうすぐ寒い冬がやってくるが、家で暖房をつけることもできない彼ら」の身の上に心を痛め、「これが、地獄世界だ」と非難した。さらに、私たちの住む世界が地獄となったのは、「飽くことのない権力者が、飽くことのない利益を追求するからだ」とも批判した。
また、イスラエルとガザ地区では、ハマスによるロケット砲攻撃、イスラエル人のキブツ(農業共同体)襲撃、虐殺によって、数日間に1400人の無実の人々が凄惨(せいさん)な死を遂げ、その報復として、イスラエル軍によって人間性擁護のための最後の城塞(じょうさい)である教会や病院が爆撃されていることを同じように非難した。自身の住居から暴力によって拉致され、人質となっていた人もいれば、戦火に焼かれる人々の魂と肉体を救援するために奔走する人道支援機関が攻撃されている。「私たちは、シリア内戦中にホムスやアレッポの病院が爆撃されるのを見て震駭(しんがい)してきたが、それと同じことがガザで繰り返されている」と注意を促す。
加えて、悪を除去するという理由によって、ガザに対する爆撃や砲撃を正当化することは、「私たちの心の空間を侵害する地獄の一部」だと嫌悪。「悪は悪によって除去できず」と強調し、魂と肉体を破壊する悪を除去するためには、「心から悪を除去しなければならない」と示した。一方で、ムラー大司教は、「心の浄化は常に、正義の実現を前提条件とする」とも主張する。
ムラー大司教の言う正義とは、パレスチナ人が「自由の内に彼らの領土で生きる権利」のことだ。この正義の実現を前に、正義に反して武力に依存していては、心の浄化はできない。