【カトリック長崎大司教区使徒座管理者 大司教・髙見三明さん】他者との連帯深め平和を祈り、核廃絶への行動を大きな輪に
2021年1月22日に核兵器禁止条約が発効され、1年を迎える。現在、59カ国が批准しており、今年3月には今後の運用を議論する第1回締約国会議が開催される予定だ。しかし、核兵器保有国や日本を含めた「核抑止政策」を取る国々は今も署名しておらず、条約の実効性を高めるための課題は多い。長年、被爆地・長崎から核兵器廃絶を訴えて活動するカトリック長崎大司教区使徒座管理者の髙見三明大司教に、条約の履行がもたらす世界への影響、平和実現に向けた宗教者や市民社会の役割などについて聞いた。
核兵器は人類全体の脅威 長崎、広島の惨禍に学ぶ
――条約発効から1年。現在の状況をどのように受けとめていますか
核兵器禁止条約は、核兵器の開発、製造、使用、威嚇などあらゆる活動を禁ずる素晴らしい国際法規です。「二度と過ちを繰り返してはいけない」という長崎、広島の被爆者の切実な願いが込められており、条約が示す世界を一日も早く実現しなくてはならないと強く思います。
これまで、オーストリアなどが中心となって批准国を増やす努力を続け、昨年1月の条約発効後も加盟国は増えています。今年3月に開催予定の第1回締約国会議には、核抑止力に頼るドイツがオブザーバー参加する方針を発表しました。
被爆国である日本にも、ぜひ会議に参加してほしいと願っていますが、現実は厳しいようです。日本と同盟関係にある核兵器保有国のアメリカは条約に反対し続けており、現在の安全保障に核抑止は不可欠という姿勢を崩しません。アメリカの「核の傘」に依存した安全保障政策を取る日本政府もいまだ条約に署名しておらず、中国や北朝鮮などの脅威を挙げて、「条約は現実に沿わない」という発言を繰り返しています。
核抑止論は、「武力」で相手を脅して平和を維持しようという考え方です。これは、核兵器の脅威によって自国を守るものですが、核兵器がある以上、使用や事故の危険性は常にあり、それが現実のものとなれば、広範囲にわたって壊滅的な被害が生じます。核兵器がいかに人類全体の脅威であるか、長崎、広島で起きた原爆の惨禍に学ぶ必要があるでしょう。
第二次世界大戦が終結し、米軍の公式カメラマンとして来日したジョー・オダネル氏は、原爆投下1カ月後の長崎を訪れました。焼け野原となった長崎で撮影した一枚が、亡くなった幼子を背負い、遺体焼き場に現れた少年の写真(焼き場に立つ少年)です。オダネル氏は帰国後、長崎の凄惨(せいさん)な状況を忘れられず、悪夢にうなされ続けたといいます。
私自身も、母親の胎内で被爆しました。二人の叔母も原爆で亡くなり、うち一人は遺体もみつからないという状況でした。また、いとこは終戦から十数年後、急性白血病を発症して入院し、高校2年生の若さで亡くなりました。「原爆症」といわれる症状で、腹部だけが肥大し、全身は痩せこけた状態でした。私の親族だけでなく、多くの人が原爆で尊い命を奪われたのです。生き残った人もその後、後遺症や差別で肉体的、精神的に苦しんでいます。
しかし、戦後76年が経った現在、核兵器がもたらす凄惨な状況を知らない人がとても多いと感じます。それは、日本にも言えることかもしれません。核兵器の廃絶によって、すぐに平和が訪れる保証はありませんが、全ての生命を脅かすものである以上、全廃に向けて条約の批准国が増えるよう努力していかなければなりません。
――核兵器の脅威を国内外で伝えていく必要があるのですね
私は2010年、原爆で破壊されて頭部のみとなった「被爆マリア像」を携え、ヨーロッパとアメリカを回る平和巡礼を行いました。熱線で頬と髪が黒く焼けた被爆マリア像の姿を見て、原爆の悲惨さや平和の大切さを少しでも感じてほしいとの願いからです。
スペインのゲルニカでは、ドイツ軍による爆撃後に発見されたマリア像と被爆マリア像を並べて平和を祈るミサを行い、ニューヨークでは潘基文(パン・ギムン)国連事務総長と懇談しました。日本のメディアでも大きく報じられました。ただ、アメリカの人たちはほとんど関心を示さなかったようです。戦争終結のために原爆の使用は正しかったと教えられており、アメリカの考え方を痛感した体験でしたが、アメリカにも核兵器の廃絶を願う人はいます。
イエズス会の高齢の神父とシスターほか6名が、核兵器廃絶を訴えるため、自分たちの町にある核兵器用ウラン貯蔵庫に違法と知りながら侵入し、その危険性を伝えました。もちろん、大きな問題となり、神父たちは刑務所に収監されるのですが、身を挺(てい)して核兵器廃絶を訴える姿は、多くの人に考えるきっかけを与えました。その後に他界した神父の棺(ひつぎ)には、彼の遺志を引き継ぐ信徒のメッセージがたくさん書かれていたといいます。
私たちにできることは、核兵器の脅威について学び、多くの人に伝えることです。同時に、核兵器廃絶の運動や条約の推進に取り組む団体への支援も大切だと思います。カトリック広島司教区の白浜満司教は、2019年に教皇フランシスコが広島と長崎を訪れ、「すべてのいのちを守るため」として核兵器廃絶を力強く訴えたことを受け、翌20年に「核なき世界基金」を創設しました。私も一緒に活動しており、昨年は核兵器廃絶日本NGO連絡会などに助成しました。
核兵器禁止条約は国際的な合意文書ですから、政府が動かなければ何も始まりません。国会議員を選ぶのは国民ですから、一人ひとりが核兵器廃絶に向けて行動することが重要でしょう。