【ルポライター・室田元美さん】戦争は今につながる出来事 現代社会の問題を捉え直す
太平洋戦争の終結から、今年で75年を迎えた。当時を知る人は少なくなり、戦争体験の風化が進む。ルポライターの室田元美さんは、全国に点在する戦跡を訪ね、当時の状況を書籍などを通じて伝えてきた。「加害」「被害」の両面を持つ戦禍の事実を知ることで、現代まで続く社会の問題を捉え直すことができると語る。
「被害」「加害」の事実受けとめ 犠牲者に思いを寄せて、平和を
――戦争をテーマにした取材を始めたきっかけは
私の祖父母と父は、戦中を旧満州(中国東北部)で暮らし、終戦後に日本へ引き揚げました。当時は一日を無事に生きるのも大変な時代で、子供の頃に聞いた戦争体験の話は今もよく覚えています。
そうした背景があったからかもしれません。16年前、祐天寺(東京・目黒区)に朝鮮半島出身の戦争犠牲者の遺骨が安置されていると新聞報道で知り、訪ねました。戦時下の日本は、徴兵によって若い男性が出征しており、不足した働き手を補うため、植民地にしていた満州や朝鮮半島などから現地の人々を強制的に労働者として連れてきた歴史があります。安置されている彼らの遺骨を目の当たりにし、戦争犠牲者は日本人だけではないと思い、全国各地にある戦跡を巡り始めたのです。
これまで、彼らが建設に携わった神奈川県の相模湖・ダムや長野県の松代大本営、福岡県の官営八幡製鉄所など70カ所以上を訪れました。各地で見る戦争の傷痕は生々しく、特に朝鮮半島出身者や中国人への過酷な労働、差別や暴行は想像を絶するものがあったという証言が多く残っています。
戦争には、必ず「被害」と「加害」の両面があります。日本の場合、例えば原爆の投下や空襲などで受けた多大な被害と、朝鮮半島出身者や中国人などに強制労働を強いた加害の両面があるということです。私たちは「被害」と「加害」を二項対立的に考えるのではなく、どちらも同じ人間のもとで起きた歴史的事実として受けとめ、それぞれの犠牲者に思いを馳(は)せることが大事だと思います。そうした視点から平和へのメッセージを発信したいと考え、各地での取材をまとめて雑誌での連載や著書で発表してきました。
――執筆活動を通し、現代人はどう戦争を捉えていると感じますか
各地で戦時中のことを伝え残そうとする人がいる一方、多くの人は75年前の戦争を「過去の出来事」という“点”で受けとめ、今に至る“線”としては考えない傾向があると感じます。日本の学校で近現代史を深く学ばない、戦争体験者の声を聞く機会が少ないなど、要因はさまざまにあるでしょう。
これは日本に限った話ではなさそうです。私は3年ほど前、ホロコーストで多くのユダヤ人が虐殺されたアウシュビッツ強制収容所(ポーランド)を訪ねました。現地のガイドから聞いたのですが、最近は「ポーランド人がホロコーストを起こした」「誰がガス室に送られたか知らない」などと言う若い人が大勢いるとのことです。75年という時間の経過は、想像以上に戦争を風化させており、何が事実かさえ分からなくなりつつあるのではないでしょうか。
先の戦争に目を向けることで、当時の社会の様子や国の政治状況、外国に対する人々の意識というものが分かってきます。人間のいのちの重さがどう認識されていたかも理解できると思います。戦争に至った経緯や戦争の実態を知ることは、今の社会や国、世界の状況を考え、同じ失敗を繰り返さないためにとても重要です。
ただ、自国が関わった戦争には目を背けたくなる事実もあります。だからといって、自国に都合のいい歴史だけを伝えるのはとても危険です。それによってナショナリズムがかき立てられると、排他的で自国ファーストといった考えの拡大へとつながり、人々の心に対立や争いの種を芽生えさせかねません。現在、国内外で特定の人種、民族、国家に容赦なくぶつけられるヘイトスピーチが見受けられますが、それは憎悪や差別意識をあおり、暴力や対立に発展するケースが多いのです。
一方で、SNSなどで憎悪に満ちた表現をする一人ひとりに目を向けると、背景にはそれぞれが抱える生きづらさ、社会的な劣等感があるように感じます。経済格差や自分を肯定できない人間関係の問題などが複雑に絡み合い、優越感を持つために立場の弱い人に不満をぶつけることでしか自分を保てない人が増えているのかもしれません。
現代は社会全体が寛容な心を失ってしまったかのような印象さえ受けます。社会の分断は戦争につながる危険な兆候ですから、こうした状況だからこそ、私は多様な視点から先の戦争の事実を学び、立場を超えて、犠牲となった人々の痛みに共感する力を養う必要があると思います。そして、今ある社会の問題の解決に努め、戦争という悲劇を二度と起こさないことが、戦後世代の「未来への責任」ではないでしょうか。
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