大聖堂で「涅槃会」 庭野会長が法話(動画あり)

「涅槃会」にあたり、参集した会員は釈尊の教えをかみしめ、さらなる精進を誓った

自分を信じ、法を信じる――。釈尊が最後に残したとされる「自灯明・法灯明」の教えをかみしめ、教えに出遇(であ)えた感動の輪を一人でも多くの人に広げていくことを誓う「涅槃会(ねはんえ)」が2月15日、大聖堂はじめ全国各教会で行われた。大聖堂には会員約千人が参集。式典の模様はライブ配信(会員限定)された。

当日の様子(クリックして動画再生)

式典では、熊野隆規理事長を導師に読経供養を厳修。庭野日鑛会長の「啓白文」が奏上された。

続いて、須崎教会の教務部長(56)が体験説法。仕事中心の夫に不満を募らせて別居するも、サンガに手をとってもらい修行に励む中で、仏を信じ切って人に寄り添う先輩幹部の姿から、夫の気持ちを分かろうとしなかった自己中心な自分を見つめ直した体験を詳述した。当時の教会長の指導で、子どものためにも「斉家(せいか)」を優先しようと再び家族で暮らし、夫に寄り添う修行に励んだ。今では夫に対して笑顔と親しみを込めて接することができるようになった喜びを報告した。

また、「会員教育Ⅲ」を受講したAさんとの触れ合いを述懐。受講後の中村浩士教会長とのかみしめを通して自身を内省し、人に寄り添えるようになりたいと努力するAさんの姿から、教務部長として心が動かされたと話した。触れ合う会員の成長する様子を「愛(いと)おしく」思えることに、日々感動と喜びを感じていると語り、「ありのままの自分を出せる場所」として心が温かく信頼し合える教会を目指していきたいと誓願した。

法話に立った庭野会長は、読誦(どくじゅ)修行の最初に読み上げる「道場観」に言及し、法華経の信仰者であるわれわれにとって「是(こ)の處(ところ)は」(修行の場)とは、「その人が住んでいるところ、仕事をしているところ、休息する家庭、どこにいてもそこが道場である」と明示。その道場では、人間として命を頂くことにまず感謝をすることが大切であると説いた。

その上で、命の尊さ、生命の不思議について、医学者で京都大学元総長の平澤興氏の著書を引用しながら、生きていること自体が不思議なのだから「健康で元気であることに感謝をしなければならない」と強調。また、今年3月に満88歳になることから、「老い」について「生まれるのも自然の力なら、老いてゆくのも自然のはたらき」との一節を紹介し、人間の力や工夫だけで生きているのではないと述べた。

さらに、涅槃会にあたり、「死ぬということは、私たちが無にかえるのではなくて、大自然の創造に参加することになる」と語り、命の尊さについて重ねて教示。「即是道場(そくぜどうじょう)」ーー自分のいる場所で、いつも感謝しながら仕事や家事に励む、「そうした人間でありたいと、そんなふうに思うわけであります」と述べた。