大聖堂で「脇祖さま報恩会」 慕われた「慈母」を偲ぶ 庭野会長が法話 (動画あり)

法話に立った庭野会長は、互いに礼を尽くし、尊重し合うとの意味を持つあいさつの大切さを説いた

庭野日敬開祖と共に立正佼成会の創立と発展に力を注いだ長沼妙佼脇祖。その祥月命日にあたる9月10日、東京・杉並区の大聖堂で「脇祖さま報恩会」が行われた。新型コロナウイルス感染症対策のため会員は参集せず、式典の様子がインターネットの動画共有サイトを通じてライブ配信(会員限定)された。法話に立った庭野日鑛会長は、あいさつの大切さを示すとともに、宗教の果たす役割、日本が国際社会の中で求められている働きについて説いた。

式典の様子(クリックして動画再生)

長沼脇祖は病を患う中、1936年に庭野開祖に導かれて法華経に出遇(であ)った。体調を回復した長沼脇祖は、人々の幸せを願って布教に歩き、38年に庭野開祖と共に本会を創立。57年に67歳で遷化するまで、法華経に沿った慈悲喜捨の実践に努め、副会長として会員の指導に尽くし、本会の礎を築いた。会員に「慈母」と慕われた生涯を讃(たた)え、2000年に庭野会長から「脇祖妙佼慈道菩薩」の法号がおくられた。

式典では冒頭、長沼脇祖の講話や写真を収めた映像作品が上映された。続いて読経供養が行われ、導師をつとめた庭野光祥次代会長が、庭野会長の「報恩讃歎(さんだん)文」を奏上した。

次いで、中央学術研究所開祖顕彰資料室元主幹の鈴木紳雄さん(68)が体験説法に立った。鈴木さんは、中学生の時に母親を病で亡くし、寂しさから享楽的な高校生活を送っていたが、父親の愛情が歯止めになったことを回顧。その後、青梅練成道場での練成会を通じ、それまでの親不孝をサンゲするとともに、早世した姉の分まで生きると決意できた体験を語った。

現在、本部職員として、教団資料の保管、研究・調査を通じ、庭野開祖、長沼脇祖の願いとその徳を広く人々に伝えるとともに、布教の一助になることが自身の役割であると述懐。入職する際に父親から授かった「全てに感謝し、出会うご縁を大切に、常に謙虚な姿勢で」との言葉をモットーに、より一層、職務に精励することを誓った。

この後、法話に立った庭野会長は、長沼脇祖との思い出を語り、在りし日の姿を懐かしんだ。

その上で、「吾(われ)によって汝(なんじ)を礼(らい)す。汝によって吾を礼す」との言葉を紹介し、人があいさつを交わすことは、互いに礼を尽くし、尊重し合うとの意味合いがあると説示。そうしたことを心得て、日頃からあいさつを大切にする姿勢が重要と述べた。

また、長沼脇祖が入会当初は「病気の問屋」と言われるほどたくさんの病を抱えて苦しんでいたが、法華経を信じ、真剣に布教伝道する中で快癒していったことに触れ、病気や心の悩みを解決するために信仰するということももちろんあるが、それだけでなく、健康で日常生活に不足がない状態でも真剣に求めていくものが宗教であると語った。

さらに、緊迫するウクライナ情勢に言及しながら、日本は古来、国号を「大和(やまと)」と称しており、これは、英語で「Great Peace」(大いなる平和)、「Great Harmony」(大いなる調和)との意味を持つと教示。「古代日本の文化の偉大な功労者・聖徳太子は、その有名な(十七条)憲法の冒頭に『和を以(もっ)て貴(たっと)しと為(な)す』と宣言されており、この大精神は、歴史的に終始一貫せる国家的民族的理想」と述べ、平和は「日本の本願」であると示した。その上で、日本が果たすべき役割は、「自分の国をしっかりとした平和な国家にしていく」ことであり、その影響が世界に及ぶような働きが求められていると強調した。

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