バチカンの平和外交とロシアの我田引水(海外通信・本紙バチカン支局)
ロシアのプーチン大統領は3月18日、モスクワのルジニキ・スタジアムで「クリミア併合」の8周年を祝う集会を開いた。クリミア併合を国際社会は認めていないが、プーチン大統領は参加した約20万人の聴衆に対し、「私たちは、何をなすべきか、正確に知っている。どのようにして、誰を相手にしてか、だ」と発言した。
イタリアのANSA通信は、この威嚇的な発言について報じ、「ツァーリ(皇帝、プーチン大統領)の念頭にある地平は、現在のウクライナ侵攻をはるかに超え、新しい帝国に命を与えるという、もはやそれほど秘密でもない夢を想定させる」とコメント。また、「ロシア!」と繰り返し叫び、「愛国歌(ロシアの国歌)」を歌う人々は、ロシアとは「ウクライナ、クリミア、ベラルーシ、モルドバを含む一つの国家である」と主張していたとも報じた。ANSA通信は、ファッション産業が盛んなイタリアの通信社らしく、プーチン大統領が着ていたセーターがイタリアのロロ・ピアーナ製で、1着1万2000ユーロ(約158万円)であることに注目。経済制裁に苦しむロシア国民、さらに非常事態に国民と共にあることを示すために迷彩服を着ているゼレンスキー大統領とは対照的だと皮肉った。
プーチン大統領は、集会の演説で、「友のために自分の命を捨てる以上に大きな愛はない」(「ヨハネによる福音書」15章13節)という『聖書』の言葉を引用しながら、ロシア軍のウクライナ侵攻を正当化しようとした。だが、イタリアのカトリック神学者であるブルーノ・フォルテ大司教(キエーティ・ヴァスト大司教区)は、「神に対する冒とく行為であり、自身を正当化するために『聖書』を道具にしている」と強く非難。さらに、「プーチン大統領が、非道徳極まりない、全く認めることができない狂気の攻撃を正当化しようとしても、その理由を見いだせないでいるという、彼の極まりない弱さを明示している」との見解を明らかにした。
これに先立つ16日、ロシア正教会の最高指導者であるキリル総主教は、ローマ教皇フランシスコ、英国国教会の最高指導者であるジャスティン・ウェルビー・カンタベリー大主教とそれぞれオンラインで面会した。2日後の18日、キリル総主教はロシア正教会最高評議会で行ったスピーチの中で、「教皇とカンタベリー大主教との会談を通して、非常に高いレベルでの合意と理解に到達することができた」と述べた。「最も重要なことは、私たちの対話者が、私たちから遠ざからず、敵とならなかったことだ」と発言。「一部のキリスト教会からの激しい攻撃にもかかわらず、私たちの兄弟(教皇とカンタベリー大主教)、政治的な表現をするならば、互いをパートナーとして築き上げてきた絆は破壊されなかった」と語った。
ロシア外務省欧州担当局第1課のアレクセイ・パラモノフ課長も、モスクワとバチカンの間で(ロシアによる)ウクライナへの“入植”について交渉が続けられていると発言。「ロシアは、教皇の調停努力を評価している」とし、「教皇は欧米の政治指導者たちと違い、性急な判断を下すことを避け、ウクライナの状況を理解するため、誠実に関心を示し、自身の見解を立てていった」とも述べた。
ロシアの政権や宗教指導者は、教皇を自身の陣営に引き込もうと躍起になっているが、実際の教皇は調停役としての立場を貫くため、プーチン政権を名指しで糾弾することはしないながらも、ロシア軍によるウクライナ侵攻への非難は当初から一貫して明示している。
教皇は20日、日曜日恒例であるバチカン広場での正午の祈りの席上、ウクライナ情勢に関して長い時間をかけて訴えた。この日も、ロシア政府の名前は出さなかったものの、現在の状況を「ウクライナに対する暴力」「虐殺」「生命に対する冒とく」と糾弾。高齢者や子供、妊婦を含めた市民に対するミサイル攻撃を「残忍、冒とく、破壊的で非人道的な行為」と非難し、直ちに戦闘を停止するよう訴えた。
(宮平宏・本紙バチカン支局長)