「釈迦牟尼仏ご命日(布薩の日)」式典で庭野会長が法話 真理に従って精進を

全国の会員に向けて庭野会長は、生老病死の苦を乗り越える道が説かれた教えの有り難さに触れ、日々、実践し続ける大切さを示した

立正佼成会の「釈迦牟尼仏ご命日(布薩=ふさつ=の日)」式典が4月15日、大聖堂(東京・杉並区)で行われ、庭野日鑛会長が法話を述べた。式典の模様はインターネットの動画共有サイトで、ライブ配信(会員限定)された。

式典では庭野光祥次代会長を導師に読経供養が行われ、丹治希予小金井教会長が体験説法に立った。

丹治教会長は、結婚後、手首の痛みを機に教会長に相談し、その勧めで教会の役をするようになった経緯を詳述。『法華三部経』の読誦(どくじゅ)に励むとともに、仏のはからいと感じるさまざまな出来事を通して、人の役に立つ生き方を決意した経験を語った。その上で、種々の方便によって自分を菩薩道に導いてくれた教会長への感謝の言葉を述べた。

さらに、今、自らが教会長として、会員の悩みの解決に共に取り組む様子を紹介。教えを実践して現象の捉え方が変わることで喜びを味わう会員の姿を通し、仏のものの見方、考え方を学んでいると発表した。新型コロナウイルス感染症が流行する現在は、さまざまな手段を使ってサンガ(教えの仲間)と心を通わせる中で、真に大切なものは何かを見つめ、自分を省みることを心がけていると述べた。

この後、法話に立った庭野会長は、人間の体は宇宙と同じ元素で成り立っていると、そのつながりを説明した上で、人間は単なる物質ではなく、自ら考え、行動する「不思議で神秘な存在」であると明示。人間が人間たるゆえんは、自分とはいかなるものかを問うことができ、しかも、自分が必ず死ぬことを自覚しているところにあり、人間が死を自覚したところに宗教が生まれたと述べた。

また、人間にとって「本当に大事なものは何か」を追求して悟りを開いた釈尊の教えによって、人は生老病死の苦を乗り越えることができると、教えの有り難さを説示。仏の教えを真に身に体(たい)するには修行が必要であり、法華経には、自分が悟るだけでなく、人を導いて共に修行することで、共に救われていく道が示されていると語り、毎日、「誠の生活をすること」「真理に従って生きること」が大切と説いた。「私たちはいつも、まだまだ未完成であるということを心得て、精進させて頂くことが大事であります」と述べた。