「朔日参り(布薩の日)」式典 庭野会長が法話 精進を続け、心豊かに

庭野会長は法話の中で、神仏を拝み、人を敬う心を育てるため、実践の繰り返しが大切と述べた

立正佼成会の「朔日(ついたち)参り(布薩=ふさつ=の日)」式典が2月1日、大聖堂(東京・杉並区)で開催され、庭野日鑛会長が法話を述べた。式典の模様はインターネットの動画共有サイトを使って、会員向けにライブ配信された。

当日は、庭野光祥次代会長を導師に読経供養が行われた。続いて齊藤佳佑埼玉支教区長(浦和教会長)が体験説法に立った。齊藤支教区長は、高校時代に「三法印」の教えによって信仰の素晴らしさに目覚め、青年部活動に励んだことを述懐。就職後、社命により社員の早期退職を促す役を担った際には、悩んだ末に教会長に相談し、そのアドバイスを基に社員の将来を考えて、慈悲の心で接することで円満な結果が得られた体験を語った。

また、本部に奉職した経緯や、教会長として会員と触れ合う中での学びを発表。サンガ(教えの仲間)との触れ合いでは、悩みや苦をきっかけに、さまざまな有り難さに気づき、精進を重ねる会員の姿を通して、自らも教えや家族への感謝を深められていると語り、さらなる精進を誓った。

この後、法話に立った庭野会長は、人間としていのちを授かったことの不思議さ、有り難さに言及。人間は自分の力で生きているとはいえず、太陽や水、空気といったものによって支えられていると明示し、そうした恩恵をないがしろにせず、大切に思って感謝できる人間になることが幸せの基であると説いた。

また、「人間であるからこそ、お日様を拝み、神仏を拝み、また人と人とがお互いに挨拶をし合って、合掌することができる」と述べ、そうした心を持てるのは信仰のおかげと強調。人と人が敬い合うことで争いはなくなるとし、こうした心を育てるために毎日、読経供養を行うなど実践の繰り返しが大事と示した。

さらに、「礼に始まり、礼に終わる」という言葉は、あらゆるものに礼を重んじる姿勢を教えているとして、そうした日本の伝統的な精神は世界に通じると説示。「精進をさせて頂くことが本当に大事であり、それを続けていく、習慣化していくことで心が豊かになり、広くなり、人々と調和していける人間にならせて頂けるのです」と述べた。