第36回庭野平和賞贈呈式 庭野日鑛名誉会長挨拶
そもそも人間は、煩悩があるからこそ、それを何とか解決したいと菩提心を起こします。それを仏教では、「煩悩即菩提」と申します。菩提――つまり悟りを求める心と、それを妨げる煩悩は、共に人間の本性の働きであり、煩悩がやがては悟りへの機縁、きっかけとなっていくのであります。
このことについて博士は、「社会的衝突は、建設的な変化を生みだす『いのちの機会』『賜物(たまもの=ギフト)』」と言われています。博士の創造的で愛に満ちた表現に深く共感し、改めて敬意を表する次第であります。
さて、博士は今回、初めて日本を訪問されたと伺っておりますが、意外なことに、松尾芭蕉に関心を持たれ、自らも俳句を詠まれているということでございます。昨日伺ったところによると、一日に一句作っておられるということでございます。
複雑な現象の中にある本質を見抜き、単純な言葉で言い表す芭蕉の俳句は、「紛争変革」に携わる上でも大切な視点となった、とおっしゃっておられます。
ここで博士の俳句を紹介させて頂きたいと思います。一九九〇年代、ミャンマーの紛争地域に入られた博士は、その土地の歴史や伝統、人々の価値観や思いを知る大切さを実感されたそうです。また相手を変えようと焦ったり、無理やり物事を進めたりしてはいけないことを肝に銘じられました。
その時の一句です。
Don’t ask the mountain to move,
just take a pebble each time you visit.
これは、「山を動かそうとするのではなく、訪問するたびに小石を持ち帰ろう」――直訳すると、このような意味合いではないでしょうか。
博士の「紛争変革」の歩みが、どれほど地道かつ辛抱強く進められているかが、ありありと伝わってまいる一句でございます。