現代における宗教 より求められるために

寛容さが影をひそめ、自己中心的な主張や排他性が人と人との間を分断しつつある現代――。こうした時代の流れに対し宗教は何ができるのか。社会から求められている宗教の役割とは何か。NGOの代表、研究者、ジャーナリストに聞いた。

分かち合う心が、世界を変える

国際協力NGOセンター(JANIC)理事長 谷山博史氏

戦争や災害などによって難民になり、飢餓に苦しむ人が、世界にはたくさんいます。こうした状況を改善するため、政府や国際機関とは異なる立場から、貧困や環境などの問題に取り組む市民団体が、私たちNGOです。

500近くのNGOが日本には存在し、100を超える国や地域で活動していますが、多くは海外に比べ規模が小さく、人材や資金、発信力の面などで課題を抱えています。JANICは、個々のNGOの力を結集して大きな力に変えるネットワーク組織として、紛争や分断の原因となる貧困・差別・抑圧の解決を目指し、地道に努力してきました。

立正佼成会は私たちの活動を認めてくださり、「一食(いちじき)を捧げる運動」によって寄せられた浄財を、一食平和基金を通じて、長年、JANICはじめ国内外のNGOに拠出してくださいました。

運動を実践する皆さまは、「地球上で同じいのちを生きる人たちの苦しみに寄り添いたい」という精神の持ち主です。自らの食事を節した分を献金しながら世界の平和を祈る姿勢は、本当に尊いと思います。

現在、先進国や新興国が、経済成長の名目で途上国の化石燃料や土地、森林、水などの自然資源を争奪しています。その影響で、資源を糧にしている現地の人々の生活は脅かされ、新たな分断が引き起こされているのです。日本も例外ではなく、国内の食料確保のため、農業分野においてモザンビークで同様の脅威を現地の人々に与えてしまっていることはあまり知られていません。途上国の貧困の上に私たちの豊かな生活が成り立っているとしたら、大問題です。

だからこそ、「一食運動」の精神が日本中に広まり、賛同者が世の中に増えたら、世界は確実に変わる、と私は思います。

一食を捧げる運動

月に数回食事を抜く、あるいはコーヒーなどの嗜好(しこう)品を控えて、その食費分を献金して国内外の諸課題に役立てる運動。
http://www.ichijiki.org

温かな触れ合いが、人と社会の支えに

國學院大學副学長(宗教学博士)  石井研士氏

宗教団体の社会貢献について、4年ごとに世論調査を行ってきました。今年の調査では、宗教団体の活動の中で「平和の増進に関する活動」や「災害時のボランティア活動」に対し、市民が高く評価していることが分かりました。

特に「災害時のボランティア活動」に関して言えば、宗教団体が独自のネットワークを活用しながら、救援物資を収集、搬送し、多くの人員をボランティアとして派遣してきました。

「大規模な災害が起きたときに、宗教団体はどのような活動を行ったほうがよいか」という質問項目でも、こうした活動に対する認知と評価が高くなったという結果が出ています。

救援活動を行う宗教団体の持ち味は、相手の立場に立ってものごとを考えられることと、相手に寄り添う触れ合いができることと言えるでしょう。教えをもとにした温かな触れ合いが、多くの人の心の支えとなったのではないかと思われます。

今後は、各宗教がさらに連携を強め、行政や、NPOなど諸団体との協力関係を深めることができれば、早急な対応が求められる緊急時に大きな力となるはずです。

他団体との協力や支え合いについて、立正佼成会は長い伝統を持っています。いつも一歩下がって相手をおもんぱかる――。そうした姿勢で他団体と共に歩み、困っている人に手を差し伸べてきました。

だからこそ、「アフリカへ毛布をおくる運動」や「一食を捧げる運動」などで、外部団体との絆を強めることができたのではないでしょうか。佼成会ならではの信仰心に基づいて歩んできた結果です。

これまでの慈善事業を地道に継続し、信じた道を突き進んでいかれることを期待しております。

アフリカへ毛布をおくる運動

貧困や紛争、干ばつなどに苦しむアフリカの人々を支援する活動。AMDA社会開発機構、JHP・学校をつくる会、日本国際ボランティアセンター(JVC)、立正佼成会の4団体で構成する。収集された毛布は毎年、アフリカ各国の現地協力団体を通じて生活困窮者に配付される。
http://www.mofu.org/

政治へも“きちんとした”メッセージを

共同通信社長崎支局長  西出勇志(たけし)氏

信仰と人間、宗教と社会について考えさせられる地、それが長崎です。江戸時代から明治初期にかけてキリシタンは弾圧されました。長崎に数多くあるキリシタンの旧跡を巡り、踏み絵やロザリオなどの遺物を見ると、信仰に殉じた人、棄教を余儀なくされた人、潜伏して信仰を貫いた人たちのさまざまな思いが伝わってきます。禁教期の歴史を知ると、信仰する自由、信仰を強要されない自由としての「信教の自由」の大切さを痛感します。

長崎は原爆の惨禍を経験した地でもあります。戦後日本における宗教界の平和運動の源泉の一つは被爆体験であり、核兵器廃絶と平和を希求する祈りが宗教者を結びつけてきました。宗教の違いを超えて宗教者が手を携える平和運動の原点が、広島と並んで長崎にあると言えるでしょう。

信仰する自由を踏みにじったり踏みにじられたりしないようにすることと、信仰を基盤として平和な社会や世界をつくっていくこと、それが教団の社会的な役割だと思います。ただ、教団にどのような人たちが集い、信仰がどのように活動に結びついているのか、外からはなかなか見えません。だからこそ教団は自分たちが行っている活動や教えを開示し、この社会を構成する存在の一つであることをアピールする必要があります。

対外活動を通し社会と連携してきた立正佼成会の特徴の一つは「おおらかさ」でしょう。それが立正佼成会「らしさ」だと思います。この「らしさ」なくして宗教対話も宗教協力も成立しません。世界がますます「非寛容」の度を深める中で「おおらかさ」は排他性を打ち破る力として大切です。政治に対してもきちんとしたメッセージを発していける、しなやかで強いおおらかさを期待しています。