内藤麻里子の文芸観察(36)

「ラップバトル」をご存じだろうか。時々テレビで放送していることもある。「ラッパー同士が、即興のラップで相手を『ディス』り合う――つまり罵倒し合う」ものだ。宇野碧さんの『レペゼン母』(講談社)は、こんな若者文化を使った、笑えて泣ける家族小説になっている。2022年の小説現代長編新人賞を受賞したデビュー作である。

還暦過ぎの梅農家の母が、ろくでなしの息子とラップバトルをするのだ。この設定だけで笑えてくるが、意外にもしっとりした読み心地。タイトルにある「レペゼン」とは「represent(代表する)」の意味で、ヒップホップで言うと「地域やグループを背負っている」というニュアンスだという。「レペゼン母」とは、「母を背負っている」のか。

主人公の深見明子は早くに夫を亡くし、和歌山の田舎町で人を雇って手広く梅農園を経営している。一人息子の雄大は小学生でカンニング、中学生で万引き、高校時代は鑑別所送りになったようなクズだ。高校3年生で彼女を妊娠させ、結婚。落ち着いたかと思いきや、勤め先を無断欠勤して別の女と駆け落ち。2度の離婚を経て3人目の妻を連れて帰郷し農園を手伝っていたが、その妻・沙羅を置いて3年前から失踪していた。

ヒップホップ好きの沙羅を相棒に、明子は思い切りよく、しかしこまやかな心遣いで農園を切り盛りしていた。あることを境に自らもヒップホップを聞くようになり、なんとラップバトルに飛び入りすることになる。ヒップホップやラップ、ラップバトルについて登場人物の口を借りた丁寧な説明があって、明子と共に学んでいける。バトルで交わされる歌詞も具体的に書かれているので分かりやすく、雰囲気もつかめる。

コミカルに、時にシニカルに、ジェンダーの問題もはらみながら物語は疾走していく。親としての悩みも丁寧に描かれる。忙しい中、息子を叱り飛ばしてきた明子と対比するように、息子を溺愛する母を登場させるなど目配りの利いた構成だ。沙羅との義理の母子関係もきっちり描かれ、緩むところがない。

二転三転するバトルの行方にハラハラしながら、明子に肩入れしてろくでなしと思っていた雄大の姿が徐々に違う印象を持ち始める。そして、バトルの中で放たれる雄大の一言はあまりにあっけないのだが、ねじれてしまった親子関係の最初のきっかけはこんなことかもしれないなと妙な説得力を持つ。

ラップも親子関係も堪能した。ラップを使ってシャレているが、梅農家の母を出して地に足がついた快作となっている。

プロフィル

ないとう・まりこ 1959年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。87年に毎日新聞社入社、宇都宮支局などを経て92年から学芸部に。2000年から文芸を担当する。同社編集委員を務め、19年8月に退社。現在は文芸ジャーナリストとして活動する。毎日新聞でコラム「エンタメ小説今月の推し!」(奇数月第1土曜日朝刊)を連載中。

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